明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第5回

「J-MICC研究佐賀地区」
佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野 社会環境衛生学講座予防医学分野

佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野 社会環境衛生学講座予防医学分野

2005年に旧・佐賀市と周辺4町村が合併して新たな市となった佐賀市は、九州最大の筑紫平野の西半分を占める佐賀平野のほぼ中央に位置し、人口約24万人を有します。従来からがん死亡率が高く、とくに肝臓がんの多い地域です。佐賀地区のJ-MICC研究は佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野が担当し、佐賀市在住の40〜69歳の住民を対象として校区(東日本でいう学区)ごとに進められています。ベースライン調査は2005年11月〜2007年12月に行われ、旧佐賀市19校区で約12,000名の協力が得られました。さらに、2010年11月〜2012年11月に第2次調査が実施され、ベースライン調査参加者の7割にあたる約8,500名の参加者をフォローすることができました。

(取材日:2015年7月1日)

追跡調査で得られた結果をしっかりと市民に役立てる

田中恵太郎氏(社会医学講座予防医学分野教授)

研究には何人のスタッフが従事しているのでしょうか

田中氏 私を含め教員が4名、他に正規職員として事務職、技術職がそれぞれ1名、研究補助員4名というのが現在の陣容です。ベースライン調査と第2次調査の際には、総勢20〜30名のスタッフが関わっていました。

佐賀地区は調査がスムーズに進んだとのことですが、どういう方法で調査されたのですか

田中氏 人口約17万人の旧佐賀市の40〜69歳の一般市民を対象に、校区ごとに順次調査を進めました。住民基本台帳で調べた対象者約6万人全員に郵送で協力を依頼し、校区内の公民館などを利用して調査を実施しました。ベースライン調査は2年で旧佐賀市19校区における調査を完了し、対象者の2割にあたる約12,000名の参加者を得ることができました。

他のサイト(地区)ではリクルートが大変だという声を聞きますが

田中恵太郎氏

田中氏 私たちは市町村の健診などの場を借りて協力者を募るのではなく、住民基本台帳から探し、調査の場所もスタッフも自前で準備しました。手間はかかりましたが、19校区を一つひとつ回れば一定の協力者を得られることは予想しており、実際にリクルートはスムーズに進みました。これはスタッフの原めぐみの裁量によるところが大きいのですが、きちんとした計画を組んだので調査が予定どおりに進んだのです。2年間という短期間でベースライン調査を完了したのは誇れることではないかと思います。


調査で苦労したことはおありですか

同意書

田中氏 調査がスタートした当時は、個人情報の保護や倫理指針が非常に厳しくなった時期で、そこをクリアするのが大変でした。同意書については、J-MICC研究共通のフォーマットに、住民票や死亡票を見せていただくことなど独自の項目も加えました。


そもそも、田中先生はどのような経緯でJ-MICC研究に関わるようになったのですか

田中氏 J-MICC研究が始まる前年に、主任研究者である浜島信之先生に申し入れました。私自身、長いスパンで行う疫学研究の必要性を感じていましたが、一つの教室で実施するのは費用面で困難が伴います。しかし、J-MICC研究のような大規模な全国調査であれば研究費の課題をクリアできると考えました。

J-MICC研究の意義をどうお考えですか

田中氏 J-MICC研究は、遺伝子-環境間の相互作用を解明するためのコーホート研究です。日本人の生活習慣など環境要因に関しては先に走っている疫学調査がたくさんありますが、そこに遺伝要因についての評価を加えるというのは、今後必要な方向性だと考えています。

疫学調査の面白さはどこにありますか

検体を保存している冷蔵庫
検体を保存している冷蔵庫

田中氏 動物実験ですと、結果がそのまま人間に当てはまるとは限りません。しかし、疫学研究では、ある要因に曝露された人は特定の病気に罹患しやすいなど、わかりやすい結果が出ます。ただ、要因と結果との関係のメカニズムを明らかにするには、動物実験など実験的な手法も必要です。


疫学研究の実施にあたり重要なことは?

田中氏 優秀な調査スタッフを集めることです。基本技術はもちろん、周囲の人と協調して仕事をできる人が必要です。また、多くの調査スタッフが関わるので、スタッフ間の風通しを良くしてミスを防ぐことが大切です。われわれは、調査班、事務班、検体を扱う班に分けたのですが、それぞれが責任を持って役割を完遂し、連携もうまくいきました。

J-MICC研究の今後について

田中氏 J-MICC研究は全国疫学調査ではありますが、得られたデータは佐賀市内の方のものですから、まずは追跡調査で得られた結果をしっかりと市民に役立てることが重要です。

すでに調査データを分析した結果がいくつか出ていると思いますが

田中氏 2008年から毎年「ジェイミックスタディ-佐賀地区-ニュースレター」を出しており、これまでに得られた結果を報告しています。また、学会等で成果を発表するとともに学術論文もホームページ上で公開しています。

年に1度発行のニュースレター
年に1度発行のニュースレター。
調査参加者や関係者に配布されていて、調査の進捗状況を知ることができる。


疫学研究において大切にしていることは?

田中氏 疫学研究は多くの人が対象となりますが、結局は一人ひとりの方の協力から成り立っています。一人の方への対応の不備から研究が綻びることもありますので、個人の協力で成立しているということを肝に銘じています。

仕事から離れてほっとする時間は?

田中氏 仕事が終わって行きつけの飲み屋でカラオケを歌うのがいちばんの気晴らしです。今日もこれから行くのですが(笑)。

きっちりとしたスケジュールと参加者の利便性を重視

原めぐみさん(社会医学講座予防医学分野講師)

J-MICC研究に参加した経緯を教えてください

原めぐみさん

原さん 本学を卒業後、国立がんセンター研究所の臨床疫学研究部でリサーチレジデントとして多目的コーホート研究(JPHC Study)に携わっていました。その頃、田中先生が肝臓がんの症例対照研究を始められたのですが、私は学位論文のテーマも肝疾患でしたし、大学院生時代にお世話になった先生の勧めもあり、本教室で分子疫学研究に従事することになりました。佐賀でのコーホート研究をやりたいという思いもあり、田中先生がJ-MICCに取り組むというのでぜひ参加させてほしい、と。


疫学研究の面白さはどこにありますか

原さん ヒト集団で起こったことを追いかけるので、結果をそのままヒトに応用できる点です。また、一つの疫学研究がその研究だけで終わるのではなく、さまざまな分野に波及していくことにも意義があります。例えば、今、私はワクチンの有効性についての疫学研究も行っていますが、その結果から保健事業に直結する根拠が得られるなど、疫学研究は社会に直接役立ちます。

J-MICC研究のベースライン調査を2年の期間内に終えるのは大変だったのでは?

原さん 19校区を5期に分けて実施したのですが、最初の1期が終わるときに、2年で調査を終えることを想定し、どのくらいのペースで進めればよいかを逆算しました。だらだらしたくない性格なので(笑)、きちっと終わらせたいと。各部署の信頼のおけるスタッフとうまく連携できたのも、2年で完了できた要因です

調査を進める上で工夫された点は?

原さん 校区によって人口も違いますから、それに応じて調査の期間の長さを設定したり、周辺部の校区では農繁期を外すなど、予めスケジュールを立てて19校区を回りました。また、参加者の方が居住する校区内で調査に参加できないときは、次の校区での調査に出向いてもらうため隣接した校区を順番に回っていくようにスケジュールを設定しました。また、駐車場の完備した公民館を探したり、公民館が使えないときはそれに代わる施設を選ぶなど、参加者の方々の利便性を重視しました。

疫学調査の成功の鍵は何だと思いますか

原さん 計画段階で研究デザインをきちんと考えて評価することが最も大事です。その点では、国立がん研究センター時代にJPHC研究に参加し、追跡調査やがん罹患のデータ収集などに携わっていた経験が多少なりとも役立ちました。

J-MICC研究への今後の抱負を教えてください

原さん 今年の11月から2年間かけて10年後調査が始まりますが、そこで10年間の追跡データがある程度固まって疾病との関連がようやく分析できると思うので、10年後調査をしっかりと行うことが直近の目標です。

仕事の上で大切にしていることは?

原さん 集中することです。大学にいると研究だけではなく、教育や組織、社会的な活動などにも関わるので時間がコマ切れになってしまいがちです。その中で自分のやりたい研究に携わるときは、気持ちを切り換えて一気に集中して向き合うことが仕事へのスタンスです。

仕事から離れてほっとする時間は?

原さん 一日の仕事が終わって家に帰り、家事と育児がひと段落して2人の子どもたちが眠っている姿を見るときがいちばん安らぎます。あとは週1回、趣味のフラメンコを踊ってストレスを発散しています。

西田裕一郎氏(社会医学講座予防医学分野講師)

J-MICC研究に参加することになったきっかけを教えてください

西田裕一郎氏

西田氏 私は2008年から本学に勤めることになったので、第2次調査からの参加です。疫学研究というものに関わるようになったのも、そのときからです。もともとの専門は運動生理学です。以前は、動物研究やヒトでは個人または小集団を対象にした介入研究に携わっており、運動によって疾患がどう改善するかといったことを研究していました。身体活動との関連で疫学研究ができるということでJ-MICC研究に参加することになりました。


身体活動との関連というのは具体的にどういうことですか

西田氏 ライフコーダ(電子歩数計)を使って研究参加者の日常的な身体活動を計測します。ライフコーダには加速度センサーが組み込まれており、低レベルの強度の運動も把握することが可能で、より正確な身体活動量を測定することができます。10日間の調査期間中に毎日ライフコーダを装着していただき、調査終了後に郵送してもらって、後日調査結果をお返しします。ライフコーダを使って詳しい身体活動量を測定し、その結果と疾患との関連を明らかにする試みは、佐賀地区の研究の一つの特徴となっています。最近、ベースライン調査に参加された約2,000名を対象として、ライフコーダを用いて客観的に評価された身体活動量と、動脈硬化や糖尿病、がんなどで血中に放出される筋肉由来の数種類の炎症性サイトカインについて検討したところ、日常的に身体を多く動かす人ではその血中濃度が低いことがわかりました。

ライフコーダ(電子歩数計)参加者への「装着のお願い」

ライフコーダ(電子歩数計)(左)  参加者への「装着のお願い」(右)

J-MICC研究における今後の目標をお聞かせください

西田氏 2次調査まで終了し、多くのデータが蓄積されていますので、炎症性サイトカインだけではなく、他の疾患と身体活動との関連についても検討していきます。加速度計付きライフコーダにより運動強度も把握していますので、どんな運動をどのくらい行えば種々の生活習慣病が予防できるかといったエビデンスを明らかにしていきたいと考えています。また、運動が健康に良いことは誰でも知っていますが、遺伝子のタイプによって運動の効果の度合いは違うかもしれません。将来的に、遺伝子多型と身体活動レベルの関連を解明することができれば、生活習慣病や心血管疾患などのリスク低減のために運動を行う際の有益な情報を提供できるようになると考えています。

西田先生が仕事に向き合うときに大切にしていることは何ですか

西田氏 研究についてはパッションと楽しさです。なるべく多くの研究時間を確保し、楽しく取り組んでいくことを心がけています。

仕事を離れた時間の過ごし方は?

西田氏 最近は、ジョギングで疲れを解消しています。愛しい妻と話し、2人の子どもと遊ぶ時間も疲れを癒してくれますね。

島ノ江千里さん(社会医学講座予防医学分野助教)

J-MICC研究に関わることになった経緯を教えてください

島ノ江千里さん

島ノ江さん 私は、もともと臨床薬剤師でしたが、修士課程の田中先生の講義でJ-MICC研究のことを知りました。疫学研究にも興味があり、よく田中先生に質問をしていたのです。そのうちにこの教室で博士課程を学べたらという思いが強くなり、臨床から疫学研究の世界に飛び込みました。私は運が良くて、J-MICC研究の5年後調査のスタッフ説明会がある朝、たまたま原先生に会って「見に来たら?」と誘われたのです。それをきっかけに、押しかけ学生のようにこの研究室で勉強することになりました。


疫学研究の面白さはどこにありますか

島ノ江さん 仮説を立てて検証して曝露要因と結果の関連を見つけることには、謎解きのような面白さがあります。きちんとデータをとって解析すれば何らかの答えが見つかることにも面白さを感じました。5年後調査のときは大学院生でしたが、スタッフに同行して会場での調査の現場を実際に見せていただきました。一つひとつの質問に答えてくれる参加者の労力やその場の空気感を感じ、それが結果として数字として積み重なっていくことを知り、データを大切に扱うことを学びました。

臨床薬剤師としてのキャリアを疫学研究に生かせる部分はありますか

島ノ江さん 治療効果というアウトカムに影響を与えるのは、治療そのものに加え、患者さんのバックグラウンドなど他の要因であることも少なくありません。私は地域医療に携わっていたこともあり、薬学よりも患者さんの健康行動に関心がありました。おそらく、もともと薬という“物質”よりも“人”に興味があったのでしょう。

これまでの調査で心がけたことは?

島ノ江さん 調査会場では参加者の方の心理状態などを素早く察知し、トラブルにならないようにということに気をつけました。参加者の方が気持ち良く帰っていただけることを心がけました。そこには臨床薬剤師として地域医療に携わっていた経験が生きているのかもしれません。

J-MICC研究のやり甲斐は?

島ノ江さん 多くの人と時間をかけて得た貴重なデータを整理して解析していくことが最も大事です。ようやく収穫の時期に入ったので、これからがますます楽しみです。

J-MICC研究で今後取り組みたいことがあれば教えてください

島ノ江さん 心理社会的ストレスが体内の炎症を悪化させ、循環器疾患などにかかりやすくなる可能性が示唆されてきたことから、これまで心理社会的なストレスと炎症マーカーとの関連について取り組んできました。今後は、心理社会的ストレスと様々な生活習慣病との関連について、メカニズムの解明につながるような検討、あるいは遺伝子などの影響についても取り組んでいきたいと思います。

仕事にどんな姿勢で向き合っていますか

島ノ江さん 情熱を持つことと仕事に面白さを見出すことです。朝から夕方まで会話もせずに集中して仕事をしていると、あっという間に一日が過ぎていきます。こんなに面白い仕事ができるのはとても恵まれていると思っています。


プライベートでほっとする時間は?

島ノ江さん 自宅に帰って主人と過ごす時間と週1回のヨガ、あとは仕事中もそうですが音楽を聴いている時間です。実は、私は「イヤホンおたく」でして。ケーブルなどの材質がいいとイヤホンから聞こえる音は音質が良くなるんです。田中先生も同じ趣味で、「このケーブルはすごい」とか「このメッキがいい」といった話でいつも盛り上がっています(笑)。


社会医学講座DCHSで親睦を深めるために行われているボウリング大会では、
田中氏と島ノ江さんが優勝を争っている。

*10年後調査について 
佐賀地区でのベースライン調査は2005年11月に開始しましたが、5年ごとにがん、循環器疾患、糖尿病などの罹患状況について把握する健康調査を実施しています。前回は第2次調査(2010年11月~2012年11月)に合わせてこの健康調査を実施しました。今年(2015年)は調査開始後10年目にあたり、11月頃から郵送と電話による健康調査を実施する予定にしています。