ベースライン調査は本年3月で終了し、研究参加者は、計画当初の10万人を達成しました。
この節目の年に、次の10年間のJ-MICC研究活動を支える研究者に、これまでの活動を振り返りながら、今後のJ-MICC研究に掛ける思いを語ってもらいました。(2014年5月21日)
- 原先生がJ-MICC研究に関わるようになったきっかけは?
-
私は母校の佐賀大学附属病院で臨床研修をしていました時に、佐賀県で多い肝細胞癌の患者をはじめとした多くの難治がん患者さんの診療にあたりました。治らない患者さんを多く看取った経験から、がんの予防の方に関心が向き、佐賀大学の地域保健科学講座(公衆衛生)に入り、がん疫学の研究をはじめました。
その後、国立がん研究センターのリサーチレジデントを経て佐賀大学に2001年に戻ってきました時には、がんセンターで受けました学術的な刺激から、コーホート研究を佐賀でも立ち上げたいとの思いが強くなりました。
そんな時分、2004年に名古屋大学の浜島信之教授から私の上司であります田中恵太郎教授にJ-MICC研究に参画してもらえないかとの打診がありました。教室員一同で相談の結果、ぜひともこれに参加したい!となり、約1年間の準備期間の後に、2005年の11月から、研究参加者のリクルートを開始することになりました。
- 栗木先生の場合は?
-
私は薬学部出身で初めは食物の中の抗変異原性物質のメカニズムを研究していました。しかし、メカニズムの研究ではなかなか疾病予防の実地応用まで行かないと考え、がん予防のための食事介入研究に関心が移りました。
医学研究科博士課程で人を対象とした介入研究に従事するようになると、その方法論である疫学をもっと勉強したくなり、日本学術振興会特別研究員PDとして、2002年に愛知県がんセンター研究所 疫学・予防部で研究を始めました。
2009年に留学先のフランス国立がん研究センターから現在の静岡県立大学 食品栄養科学部(公衆衛生学)に赴任しました。ここでは、1人でゼロからがん疫学・栄養疫学の研究環境を立ち上げることになりました。
当時、J-MICC研究の参加者の伸びが低く、予定されていた期間よりも遅れがちになっているようでした。そこで、主任研究者(当時)の浜島信之教授に、J-MICC研究への参画を申し出、その後運営委員会で承認して頂き、2011年からリクルートを開始することになりました。
- それには栗木先生も大変な決心が要ったのでは?
-
ええ。参画の条件は、J-MICC研究の標準プロトコールにのっとり、最低でも5千人をリクルートすることでした。しかも、リクルートできる期間は、2012年度で終了することになっていましたので、2年間でこれを行う必要がありました(注:最終的には2013年度まで延長)。
しかも、研究計画の立案時は1人で、開始直前で助教が採用されて2人のスタッフとなりましたが、学内の業務との両立を考えると、厳しい目標値ではありました。しかし、何としても静岡地域でコーホートを立ち上げたいという思いがあり、猪突猛進しました(笑)
- 内藤先生の場合は?
-
私は歯学部を卒業し、はじめは歯科診療を行っていましたが、臨床上の疑問を解決するために科学的なエビデンスを知りたいと思うようになりました。
そこで、当時注目されていましたEvidenced Based Medicine(EBM)の考え方に共感し、エビデンスをシステマティックレビューして得ようと試みたところ、この分野の疫学研究自体が少ないことに気付きました。そこで、エビデンスを探し使うことから、これを作ることに関心が向き、EBMの研究で有名な京大の中山健夫(現)教授のところで、2001年にポスドクをはじめました。
そして、現在の名古屋大学予防医学の助教として2004年に赴任しました。赴任するちょうど3か月前から、教室を上げてJ-MICC研究の立ち上げ準備が始まっていましたので、浜島信之教授や玉腰暁子准教授(当時)の指導の下、自然にこの研究活動にどっぷりとつかるようになりました。
- 原先生、佐賀サイトは全サイトの中で最も短期間で1万人をリクルートを達成し、第二次調査も、手堅く早々と終了しましたよね。どんな成功の秘訣・ご苦労が?
-
研究参加者のリクルートには、佐賀市在住の40~69歳の方、全員について住民基本台帳を転記して把握し、校区ごとに郵送で調査の参加を依頼し、校区の公民館で調査を実施しました。互助精神が高く、何事にも協力的な佐賀の人の県民性が幸いし、高い研究参加率につながったものと思い、これには本当に感謝しています。
また、追跡調査の中で死亡小票から研究参加者の死因が把握できた時や、第二次調査で研究参加者の自己申告によるがんなどの罹患事実が把握できた時は、これを診断した医療機関に、1件1件、カルテ調査に行って、より詳しい診療情報を入手しています。これは、私たち研究者に時間がかかり、本当に大変です。まず、医療機関にこのような調査にご協力いただくことの説明を丁寧に行い、理解を得るための調整が大変なのです。リクルートの際の佐賀市との調整の時もそうでしたが、このようなコーホート研究では、協力をいただく多くの機関の人たちから、いかに研究者が信頼を醸成できるかが、成功の鍵となると思います。
- 栗木先生、たった2人の研究者で6,400人もの研究参加者のリクルートに成功し、J-MICC研究全体として10万人の達成に大いに貢献しましたよね。これにはどんな秘訣・ご苦労が?
-
はい、とても苦労しました(笑)。まず、大学のある静岡市内で人間ドック・健診を行っている機関にあたることにしました。
幸運にも、桜ヶ丘病院の人間ドック・健診受診者を対象に、実施させていただくことになりましたが、実施にあたっては、本来の健診業務に、いかに邪魔にならないようにするか、(先行して実施されている各サイトの先生方のお知恵を借りて)考えられる限りの工夫をして、健診センターの職員の方々から理解・協力を得られるようにしました。しかし、それでもリクルート数が思うように伸びませんでした。
2年目、3年目は新たに、清水医師会の健診センターと、JA静岡厚生連の遠州病院(浜松市)、静岡厚生病院、清水厚生病院に協力をお願いし、3機関5施設で実施することになりました。少ない研究者での様々な対応は、真に綱渡りの状態でしたが、各施設で、非常に多くの職員の方々から多大なご協力をいただいて実施することが出来ました。
リクルート以外にも、収集した生体試料の半分量をJ-MICC研究の研究計画どおり名古屋大学の中央事務局に間違いなく提出する作業や、残りの半分量を静岡県立大学内に安全に保存することにも、苦労しています。特に、私のような小さな研究室しかないところでは、ディープフリーザーによる生体試料の長期安全保存体制を維持することは、容易なことではありません。
このような体制をいかに維持するかという点は、J-MICC研究組織全体として、今後真剣に議論する必要がありますね。
- 内藤先生は、中央事務局員として、若井建志中央事務局長を支えながら、2013年からは浜松と大幸の2つのサイトの責任者としても、活躍されていますね。どんなご苦労が?
-
はい。いろいろと大変なことはありましたが、指導者や周囲の支援と幸運に恵まれて、何とかここまで来ることができました。とりわけ最初の4年間を一緒に過ごした当時の大学院生たちには感謝の一言です。
浜松サイト(静岡地区)は、共同研究施設である聖隷予防検診センターで研究を実施しています。私の勤務する名古屋大学から浜松市にある検診センターまで、新幹線を利用して片道2時間半かかります。リクルートと第二次調査では、検診センターの職員の方々に大変お世話になりました。また、追跡調査でも継続的に支援をいただいています。このような状況ですので、検診センターの職員の方々と信頼関係を築き、これを維持することに最も腐心しました。
名古屋市東区にあります、もうひとつの大幸サイト(大幸研究)では、現在、第二次調査を教室員総出で行っています。研究者以外の調査スタッフも大勢かかわっていることから、調査研究の楽しさを少しでも感じてもらいたいと、明るい雰囲気づくりを心掛けています。
また、中央事務局では、すべてのサイトから半分量の生体試料を預かっています。横置きのディープフリーザー27台で保存しています。液体窒素、ドライアイス、非常用の空きのフリーザーを用意し、安全管理に万全を期しています。土日祝日に関係なく、教授を含む教室員が交代で毎日点検作業をしています。
-
J-MICC研究のような一般住民を対象としたゲノムコーホート研究の実施は、先生方のような、最も研究業績が上がることが期待できる年齢・ポジションの研究者が、多くの情熱と時間・労力をかけることで、支えられていることがよくわかりました。
この研究は、文科省科学研究費補助金の「がん支援活動」の一環としての位置付けから、日本のがん研究の進展を支える役割も果たす必要があります。そんな中で、先生方の今後のJ-MICC研究に掛ける思い、抱負について教えてください。
-
原佐賀地区は第二次調査のデータ整理も完了するので、やっと解析に十分な時間が確保できそうです。コーホートとして追跡調査を堅実に実施しつつ、参加者の皆さんをはじめ、国民の皆様の期待に応える成果をあげていきたいと強く思っています。
佐賀地区の独自研究、J-MICC研究全体、そして他のコーホート研究やがん研究との連携と多岐にわたる課題がありますね。ゲノムを使った検討にはバイオインフォマティックスなど新しい技術が必要ですので、多くの研究者の方々と力を合わせて取り組んでいきたいです。
栗木私たち日本人の「どのような体質 (遺伝子要因)」が「どのような生活習慣要因 (食事や運動など)」の下で「(がんをはじめ、) どのような病気」になり易いかを明らかにして、国民に報告していきたいです。
そして、病気を早期に発見する新しいスクリーニング検査や、早期治療を開始できる画期的な診断方法の開発に役立つ研究、さらに、日本人の有する要因と異なる人々・国々の報告と比較するなどして、個々人の体質に応じて病気の発症を効果的に予防するための健康づくり政策に役立つ研究を行っていきたいと考えています。共同研究を実施して数多く報告するとともに、一研究者の独創的な観点で、新現象の発見や新しい仮説の提言を目指したいと考えています。
内藤担当している2つのサイトについては、第二次調査を2015年に完了する予定です。両サイトともに追跡調査は継続されますが、2006年から続いてきた調査のサイクルにはひとまず区切りがつきます。
個人的には、いよいよ研究の展開フェーズに入るということで、胸がわくわくしています。一般に、コーホート研究は開始後10年くらいから急速に成果が花開くと言われています。多施設共同研究の強みを活かしながら、J-MICC研究の一員として、また円熟期を迎える個別のサイトとして、研究支援活動や国内外の共同研究に積極的に携わっていきたいと思っています。
現場にかかわる研究者としては、追跡データ収集、生体試料管理といったコーホート研究の質を左右する業務を、確実にこなしていくことも重要と考えます。研究成果はもちろんですが、より質の高いデータや生体試料を、国民の財産として次世代の研究者に引き継いでいくことで、20年後のがん研究に貢献できればと思っています。
- 本日は、どうもありがとうございました。
- [ 話し手 ]
-
- 原 めぐみ:佐賀大学医学部社会医学講座予防医学分野 講師
- 栗木 清典:静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室 准教授
- 内藤 真理子:名古屋大学大学院医学系研究科予防医学 准教授
- [ 聞き手 ]
- 田中 英夫:愛知県がんセンター研究所 疫学・予防部 部長