明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第4回

「J-MICC徳島フィールド」
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部医療創生科学部門
社会環境衛生学講座予防医学分野

徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部医療創生科学部門 社会環境衛生学講座予防医学分野

徳島県は吉野川や那賀川、四国山地、紀伊水道など豊かな自然に恵まれ、鳴門の渦潮や大歩危・小歩危といった観光名所や阿波踊り、人形浄瑠璃、お遍路さんなどの伝統文化でも有名です。また、人口10万人に対する糖尿病による死亡率を都道府県別にみると、徳島県は全国ワースト1位を続けています。近年、その不名誉な記録からの脱却を目指し、糖尿病の予防対策に県を挙げて取り組んでいます。徳島県のJ-MICC研究は、徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部予防医学分野が担当しています。調査対象者は徳島県総合健診センターの健診受診者や企業の従業員など徳島県内に居住する35~69歳の男女。2008年にスタートしたベースライン調査が2013年に終了し、追跡調査および第二次調査が行われています。

(取材日:2015年3月3日)

手間と時間がかかるが手を抜かない

有澤孝吉氏(ヘルスバイオサイエンス研究部教授)

まず、J-MICC研究に関わっている職種と人数についてお教えください

有澤氏 正規のスタッフは私を含めて当教室の教員4名、それから研究補佐2名、大学院生2名という陣容です。

どのような経緯でJ-MICC研究に関与することになったのですか

有澤孝吉氏

有澤氏 前・愛知県がんセンター研究所長の田島和雄先生が日本疫学会のニュースレターに書かれた記事でJ-MICC研究の共同研究施設を募集していることを知り、当時主任研究者を務められていた名古屋大学の濱島信之先生に私のほうからご連絡させていただき、2005年から参加することになりました。ただ、私自身が本学に着任したのは2004年で、2006年には研究棟の改修があって1年間ほど当教室は病院の旧手術室に間借りをしていました。そのため、研究体制の整備や受け入れてくれる研究協力機関との交渉などに時間がかかり、実際に調査が始まったのは2008年1月のことでした。


調査はどのような形で進められたのでしょうか

有澤氏 最初に研究協力機関として声をかけたのが当大学病院のすぐ隣にある徳島県総合健診センター(以下、健診センター)でした。健診センターの受診者は施設内と施設外(健診車での巡回健診)を合わせて年間約3万人とのことだったので、5年間で5,000人の協力者は集まるだろうと楽観していました。ところが、それが甘い考えでした。施設内での調査が可能なのは週1回であり、また施設外の巡回健診の受診者の協力は見込めないことになったのです。リクルートは、健診の説明書にJ-MICC研究の説明を聞いてもらえるかどうかを尋ねる質問紙を同封し、了解していただいた方に対して、健診センターの入口で3人のスタッフが説明を行いました。結局、研究参加者は施設内健診の受診者の14%にとどまり、健診センターで協力が得られたのは最初の2年間で約300人でした。そこで、他の集団も探すことになったのです。

追加のリクルートはどのような形で?

有澤氏 まず、徳島市と鳴門市の従業員30人以上の企業をピックアップし、説明書を会社に郵送して参加者を募りました。他にも知人を頼って直接声をかけた会社もあります。さらに、徳島大学と徳島文理大学にも出向いて協力を仰ぎました。それでも集まったのは約1,700人でした。そのため第3の集団も設定する必要に迫られ、ポスティングにより徳島市内で10万枚のチラシを配りました。最終的に3つの集団で2,400~2,500人の協力を得ることができましたが、目標には遠く及ばず、J-MICC研究に参加している他の施設にご迷惑をおかけする結果となってしまいました。

住民への説明会
住民への説明会

一人一人に説明し、同意を得る
一人一人に説明し、同意を得る。

徳島大学独自の調査項目はありますか

有澤氏 徳島県は糖尿病患者や肥満者の多い地域です。運動不足、野菜不足などが原因と言われています。J-MICC研究の調査票に独自のものは追加していないのですが、糖尿病やインスリン抵抗性、メタボリック症候群に着目してベースラインデータをまとめているのが一つの特徴だと思います。

有澤氏 現在、第2次調査と追跡調査を進めています。ただ、職域調査も加わっており、企業は人の出入りが多いので2回目の調査参加者は減るであろうと判断し、第2次調査は質問紙の郵送だけで行うことにしました。追跡調査は2年に一度、「健康状態のお尋ね」という郵送調査を行っていますが、9割前後の方から返信があり、順調に進んでいます。

ベースライン調査と第2次調査票
ベースライン調査と第2次調査票

ベースライン調査と第2次調査票


疫学研究は結果が出るまで長期にわたるので、根気の要るお仕事だと思いますがいかがですか

回収した調査票の入力
回収した調査票の入力

有澤氏 実は、私は、環境保健から疫学の世界に入ったこともあり、過去に行われた健康調査など既存のデータを元に追跡していく形の疫学研究を手がけることが多かったのです。ですから、短い追跡期間でも結果を出すことができました。また、以前は長崎にいたのですが、放射線影響研究所など疫学調査を続けている施設の協力を得て、がん登録と照合すればそれほど人手もかけずにがんの追跡調査が可能でした。しかし、前向きコーホート研究は違います。講義でよく言っているのですが、前向き研究は手間と時間がかかります。実際、J-MICC研究を通して、前向き研究の大変さを身をもって知りました。


コーホート研究を成功させるために重要なことは何ですか

有澤氏 追跡調査により、どれだけ信頼性の高いデータを導き出せるかということです。たとえば、がんの罹患数にしてもがん登録の精度が問題になります。徳島県では2007年に3つのがん診療連携拠点病院での院内がん登録が始まりましたが、それまではがん登録の精度はよくなかったのです。がん登録では、死亡情報だけで登録された方をDCO(Death Certificate Only)と言いますが、徳島県ではDCOが50%を超えていました。DCOが低いほど罹患数の信頼性が高いと評価され、国際的な水準ではDCOは10%以下であることが求められます。2016年から全国がん登録制度がスタートしますが、そこへ向けて徳島県内の病院でも院内がん登録が始まっており、現在DCOは20%台に低下しています。そういった外部要因も疫学研究を左右します。全国がん登録が始まれば、J-MICC研究においても国のデータベースで一元管理された登録データを用いることで、がんの罹患は問題なく追跡できるはずです。

仕事に向き合う際に大切にしていることは何ですか

有澤氏 手を抜かないことでしょうか。たとえば、論文を書いて投稿する際に、自分としてあまり出来がよくないと思ったら、やはりリジェクトされます。逆に、自分で「ここまでやった」と自信を持てる論文は何らかの形で評価されます。そういうものだと思います。

仕事から離れてほっとする時間は?

有澤氏 単身赴任を9年間続けているのですが、最近は家で食事を作る時がほっとする時間ですね。自炊も長いのでだいぶレパートリーは増えました(笑)。

大規模なコーホート研究を通して、疫学というものを知る

上村浩一(ヘルスバイオサイエンス研究部 准教授)

J-MICC研究に関わることになった経緯を教えてください

上村浩一氏

上村氏 私は徳島大学医学部医学科を卒業してから14年ほど産婦人科の臨床をしておりました。産婦人科領域でも閉経後女性に骨粗鬆症や脂質異常症が増えるといったことが明らかになり、予防の重要性がクローズアップされるようになりました。海外の疫学研究の成果を論文等で目にする機会も多く、予防医学における疫学研究の重要性を感じ、疫学研究に携わりたいと思うようになりました。それで2006年に予防医学分野へ異動しました。臨床から社会医学分野への転身には多少勇気も要ったのですが、最終的には自分の思いを成就した形です。


ベースライン調査でのご苦労は?

上村氏 私自身、疫学調査に関わるのは初めてでしたし、徳島県にも疫学研究を行う下地がなかったので、リクルートが大変でした。企業における調査では、朝7時頃から、片道2時間近くかけて、出向くこともありました。血液の処理を依頼できる施設もなく、検体の処理や管理を自前で行わなければならないという苦労もありました。また、追跡調査においても、参加者が全県にわたっていますので転出状況などの確認のために、県内のほとんどの各市町村役場を回らなければなりません。

疫学研究の醍醐味は何ですか

動脈硬化測定器
動脈硬化測定器

上村氏 多くの人が関わって推し進めていく面白さがあります。また、私は現在も大学病院の婦人科で外来診療を行っているのですが、疫学は予防や治療など臨床に直接結びつく成果の出る可能性を秘めている分野だというのも魅力の一つです。外来では、主に骨粗鬆症や脂質異常症の予防や治療に携わっているのですが、疫学研究に関わることによって、よりEBM(Evidence-based medicine)を重視するようになりました。


>疫学研究の成功の鍵は何だと思われますか

上村氏 地道な努力の継続や周りの関係者との協調に加えて、疾患の予防に貢献できる成果を得ることへの強いモチベーションと憧れを持ち続けることではないでしょうか。

J-MICC研究のやりがいは何ですか

上村氏 初めて経験する大規模なコーホート研究を通して、疫学というものを実体験を通して知ることができるのが魅力です。また、日本人を対象としたデータから、生活習慣病と関連する日本人特有の因子が明らかになることを期待しています。

仕事から離れてほっとする時間は?

上村氏 家族と過ごす時間です。趣味は硬式テニスで、最近は錦織圭選手の活躍を見るのも楽しみです。特技は、娘が小さい頃によく書いてあげていたアンパンマンやバイキンマンの似顔絵です。評判は上々です(笑)。子ども連れで調査に来られる方もおり、お子さんに絵を書いてあげると喜んでもらえます。

今やっていることに無駄なことはない

釜野桜子さん(ヘルスバイオサイエンス研究部 助教)

J-MICC研究に参加された経緯を教えてください

釜野桜子さん

釜野さん 私は徳島大学医学部の栄養学科出身なのですが、博士課程で医学系の大学院へ進み、主に精神的ストレスと血清タンパク質の評価や遺伝子のバイオマーカーについて研究しておりました。疫学や統計学はほぼ独学で学んでいたのですが、限界を感じて当教室の抄読会などで勉強させてもらうようになりました。博士課程での研究や勉強を続けているうちに、予防という観点から疫学研究に本格的に取り組みたいという思いが募っていたところ、2011年に当教室に助教として採用されることになったのが、J-MICC研究に関わるようになったきっかけです。その時期にはJ-MICC研究は開始されており、J-MICC研究で栄養疫学研究、分子疫学研究が行えることに強い興味を抱きました。


疫学研究の面白さはどこにありますか

釜野さん フィールド調査があるということで最初は緊張したのですが、実験室では得られない経験ができるという点に面白さを感じるようになりました。実際に対象となる住民の方々とお話しする機会をもつことで、将来の医学や栄養学に貢献したいという意識がより強くなりました。

J-MICC研究を行う上で心がけていることはありますか

釜野さん 研究協力者の皆様との関係性を大切にすることです。現在は主に郵送による追跡調査を行っていますが、コンタクトを取らせていただく際にできるだけ良い印象を残せるよう気をつけています。電話でお問い合わせをすることもありますが、受け答えの仕方などもスタッフで相談して工夫しています。

J-MICC研究に臨むスタンス、やりがいなどをお聞かせください

釜野さん 大切なことは、調査を行う側の真摯な研究姿勢だと思います。あらゆる研究に言えることですが、今やっていることに一つとして無駄なことはないと思っています。かけがえのないデータを使用させていただいているという自覚がやりがいにもつながっています。


仕事に向き合う際に大切にしていることは?

釜野さん 生後7か月の息子がいて、育児のためスタッフに迷惑をかけてしまうこともあるので、挽回できるように仕事中は精一杯頑張ることを自分に課しています。

いちばん心が休まるのはお子さんと一緒の時間でしょうか

釜野さん そうですね。平日はあまり一緒にいられないので、休日は密な時間を過ごすようにしています。保育士さんからの連絡帳で息子の成長を知るのも楽しみです。今、料理のレパートリーをもう少し増やしたいと思っています。離乳食はいろいろ作るのですが、主人の分まではなかなか手が回りません(笑)。

数値化して病気の原因などを提示できる

山口美輪さん(ヘルスバイオサイエンス研究部 助教)

J-MICC研究に携わるようになったきっかけを教えてください

山口美輪さん

山口さん 大学院修士課程が栄養学科で、栄養学の基礎研究や臨床を勉強していました。当大学の栄養学科は、以前から医学に立脚した臨床系の栄養学の教育・研究を行っています。私は入院患者さんだけではなく、一般の人たちの生活と病気についても勉強したかったので、2009年からの博士課程はこちらの予防医学分野に進むことにしました。ここからJ-MICC研究に携わるようになりました。博士課程修了後も助教として引き続きJ-MICC研究に関わっています。


腰を据えて疫学や予防医学を勉強しようと思ったのはなぜですか

山口さん 人の生活には健康に影響を与えるさまざまな要因があります。病気と原因の関係を数値化して目に見える形で多くの方に提示できる点に面白さを感じたからです。

研究協力者の方への対応に苦慮されるようなことはありますか

貴重な検体
貴重な検体

山口さん もちろん、失礼のないような対応を心がけますし、個人情報の取り扱いにも気をつかいます。でも、基本的には楽しんでやっています。研究協力者の方とのつながりを感じたり、貴重なデータを提供していただいていることを実感できるので、協力者の方と接する時間を私はとても大切に思っています。追跡調査に移行してからは、対象者の方との直接のやりとりは減りましたが、「頑張ってね」とか「ありがとう」と言われると気持ちが高まります。


J-MICC研究について今後の抱負をお願いします

山口さん J-MICC研究は大規模で意義のある研究なので、多くの方に興味をもってもらえるような結果の報告ができればいいと思います。まだこれからですが、食事と生活習慣病との関連について、栄養素のレベルから食を取り巻く環境レベルまで、少しでも明らかにできればいいと思います。

仕事と向き合う際に大切にしていることは?

山口さん 忙しい時は目の前のことしか見えなくなりがちですが、今自分がしているのは何のための仕事なのかとか、誰のための研究を行っているのかといったように広い視野から考えることを心がけています。

仕事を離れてほっとする時間はいつですか

山口さん 週末(笑)。趣味はいろいろありますが、今はランニングしたり、海や緑を見たり、友人と飲みに行くことが楽しいですね。