明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第2回

「J-MICC京都フィールド」
京都府立医科大学大学院医学研究科地域保健医療疫学教室

京都府立医科大学大学院医学研究科地域保健医療疫学教室

京都におけるJ-MICC研究では、人間ドック健診を利用したフィールド1、職域健診を利用したフィールド2、そしてポスティングによる「フィールド3」が実施されています。人口約261万人(26市町村)の京都府は南北に長く、北部は日本海に面し、京都市は南東部に位置します。日本の原景ともいえる風情をとどめ、多くの観光客が訪れています。
京都フィールドのベースライン調査は、まず北部から中部の企業や自治体への協力を仰ぐところからスタートし、最後に京都市内一般住民へのリクルートが行われました。2008年からのベースライン調査で得られた約6,500名のコーホートに対する第2次調査が2013年から始まっています。京都フィールドの特徴は、基本調査に歯の健康に関する質問票や胃がんのリスク検査など独自の調査も追加し、多くの職種(医師、歯科医、保健師・看護師、管理栄養士、臨床検査技師)が関わっていることです。研究リーダー、神経内科医、歯科医、管理栄養士、臨床検査技師の皆さんにお話を伺いました。

(取材日:2015年2月2日)

京都府立医科大学 教室から見える大文字

京都府立医科大学は近くに鴨川、京都御所など京都の風情を残す所に位置し、教室の窓からは大文字が見える。

一対一の生身の人間として対等につき合っていく

渡邊能行氏(地域保健医療疫学教授)

京都フィールドではどのような職種が関わっているのですか

渡邊氏 元々消化器内科医である私と神経内科医、歯科医、管理栄養士、臨床検査技師の5名を中心に、地域保健医療疫学教室の助教、大学院生が複数関与しています。大学院生にも歯科医、小児科医、保健師・看護師、管理栄養士がおり、多くの専門職が関わっていることが一つの特徴だと思います。

京都フィールドではグループ独自の研究を追加しているとのことですが?

渡邊能行氏

渡邊氏 まず、歯の健康に関する質問項目を追加しています。口腔内の健康と糖尿病、動脈硬化、メタボリック症候群などの全身疾患には関連があると指摘されているからです。加えて超音波検査による骨密度検査もしています。また、特殊血液検査としてピロリ菌抗体価と血清ペプシノゲン値による胃がんのリスク検査を、一般血液検査として貧血検査、肝機能検査、脂質検査、HbA1cなど心疾患・脳血管疾患関連の情報も収集しています。胃がんリスク検査は京都府医師会・京都消化器医会との共同事業として実施しています。さらに、2009年度からは希望者については動脈硬化の指標となるPWV(脈波伝播速度)、ABI(足首/上腕血圧比)、AI(中心血圧)を無料で測定しています。これらの検査については、測定後に結果説明も行います。こうしたプラスアルファの検査を行うのは、参加者の方への恩返しであるとともに、これらの検査結果が将来の健康状態とどう関連するのかを明らかにするという目的があります。

京都フィールドの参加者リクルートの状況について教えてください

渡邊氏 京都フィールドでは、人間ドック健診を利用した「フィールド1」と職域健診を利用した「フィールド2」の調査を行っています。最初は人間ドック健診を中心に協力を仰いだのですが、思ったように登録者が集まりませんでした。そこで、京都府内の主に福知山市、綾部市の工業団地や京都府内のさまざまな企業にお願いし、さらに2009年度からは福知山市職員や亀岡市職員など自治体の職員の方々やそのご家族にもご協力いただくことになりました。実は、私自身がかつて京都府の複数の保健所の所長を務めた経験があり、行政とのパイプがあったという背景があります。ただ、それでも参加者が足りなかったので、胃がんのリスク検査のメリットをアピールし、ポスティングにより京都市内一般住民のリクルートも行った「フィールド3」を追加しました。こうして最終的に、35~69歳の京都府民約6,500名の協力が得られました。

一般住民へのポスティングへの反応はどうでしたか

ポスティングにも使用したチラシ、調査票
ポスティングにも使用したチラシ、調査票

渡邊氏 1月ごとに毎回約2万世帯を対象に案内状を送りましたが、レスポンスのあった方が約400名、最終的に1か月に300名前後の方に参加していただきました。ウィークデーと土日を利用して月に5回の検査日を設け、年齢層や性別など京都市民という集団全体を代表するサンプルを集めることができました。


渡邊先生がJ-MICC研究に関与することになった経緯を教えてください

渡邊氏 1988~1990年に名古屋大学が中心となって、生活習慣病発生をエンドポイントとするJACC研究のベースライン調査が行われました。合計11万人を対象とする大規模コーホート研究でしたが、私たちはその対象者のうち約1万人のリクルートと追跡調査を担当し、現在も長寿を示唆する血液マーカーの探索研究などを継続中です。そうした経緯もあり、後継のJ-MICC研究にも積極的に参加することに決めました。

JACC研究に比べて、J-MICC研究を実施するにあたってはどういったご苦労がありますか

渡邊氏 一つはJACC研究以降の社会の変化があります。たとえば、個人情報保護法が成立し、国民の個人情報への意識は大きく変わってきていると思います。かつては学術的な研究については、地域の大学医学部や研究機関への住民の信用があり、細かい個人情報の保護体制はそれほど求められませんでした。もちろんJACC研究でもインフォームド・コンセント取得の努力と情報の保護は徹底しましたが、現在、国民の方々は自分の情報がどう利用されるのかに関してよりセンシティブになっておられます。そういう意味で、われわれとしてはご協力いただく方々から不信感を招かないよう、研究の目的や内容などをできるだけオープンにしてご理解いただく必要があります。とくにリクルートに際しては、私自身が先方に出向いて対象者にface to faceで説明することを心がけました。

疫学研究を成功に導く鍵は何だとお考えですか

渡邊氏 もちろん、研究対象者の方にきちんとご理解いただくことがベースにありますし、行政の専門職の方々にも関わっていただくことが大事です。ただ、J-MICC研究では遺伝子を扱うためにより専門的・医学的になっており、疾病予防などとの関連が直接的に見えにくい面があります。そこで、まずは地域住民の健康を管理している医師や保健師などの方々のご協力を得てオーソライズしていただき、そこを突破口にして各自治体の職員の方々のご理解を得ることが必要でしょう。こうした大規模コーホート研究は大学や研究機関だけでは決して継続できません。周囲との人間関係の中で、味方をどれだけ作っていけるかが勝負どころだと思います。

渡邊先生がお仕事に向き合うときに大切にされていることは何ですか

渡邊氏 常に最善を尽くすということです。手を抜けばそれだけのものしか返ってきません。しかし、ベストを尽くせば仮にその時はうまくいかなくても、いずれは成果として戻ってくると信じています。また、私はすべての人は対等だと考えています。もちろん、自分の専門分野では誰にも負けないと思っていますが、それ以外の分野では他の専門職にかないません。地位や年齢などにかかわりなく、それぞれの専門性に敬意を表し、あらゆる人と一対一の生身の人間として対等につき合っていく。そのことをモットーにしています。

仕事から離れてほっとする瞬間はありますか

渡邊氏 私は本を読むのが大好きなので、小説などを読んでいる時が最もリラックスできます。先日、宮部みゆきの『ソロモンの偽証』を全巻ようやく読み終えました。医療や経済学などの本もよく読みます。それから、健康寿命を伸ばすために「歩くこと」を心がけています。実は去年1年間に479万歩ほど歩きました。これは1日平均で1万3,000歩になります。2001年から累積するとたぶん5,000万歩は歩いているでしょう。歩くことは気分転換になりますし、研究のことをあれこれ考えて良いアイデアが閃くのもほとんどが歩いているときです。

最後に今後のJ-MICC研究への抱負をお聞かせください

渡邊氏 私は本学の定年まであと約4年なのですが、それまではベースライン調査から5年目の第2次調査にベストを尽くします。そこまでが私の役割です。20年先に本学内外の共同研究者に成果を刈り取ってもらうために、6,500名の貴重なデータをしっかり追跡して積み上げていきたいと考えています。

調査を通して人とのつながりを大切にしたい

栗山長門氏(神経内科医、准教授)
尾﨑悦子さん(管理栄養士、助教)
松井大輔氏(歯科医、助教)
小山晃英氏(臨床検査技師、助教)

J-MICC研究に参加した経緯と、京都フィールドにどのような形で関わっていらっしゃるかを教えてください

栗山長門氏

栗山長門氏(以下、栗山氏) 
本学では1990年に脳・血管系老化研究センターが創設されました。同センターは基礎系、臨床系、社会医学系から成っており、私は臨床系の神経内科学部門に所属していました。2003年の大学院重点化に伴い、脳・血管系老化研究センターの社会医学・人文科学部門として地域保健医療疫学教室が発足し、私は2008年に臨床系部門から異動してきました。現在、附属病院で神経内科の臨床も行いながら、当教室では主に脳卒中や認知症の予防のための追跡研究等を行っています。

尾﨑悦子さん

尾﨑悦子さん(以下、尾﨑さん) 
私はもともと他の病院や保健所で働いていたのですが、J-MICC研究が立ち上がる際に渡邊教授から声をかけていただいて赴任してきました。京都フィールドでは独自の調査項目がいろいろ追加されており、質問票はかなりのボリュームになります。したがって、質問票のチェックに時間がかかりますので、日時を指定して会場に来ていただいています。調査票には食事記録・献立に関する質問も追加しており、健診の折に食生活のアドバイスもさせていただいています。

松井大輔氏

松井大輔氏(以下、松井氏) 
1年目の臨床研修が終わってから携わるようになり、丸8年になります。近年、歯周病は生活習慣病と位置づけられ、食べる・噛むということが全身の健康に影響を及ぼすと指摘されています。そういったデータを集めてエビデンスを発信していくことが大きな目的です。健診時には、歯の健康に関する質問票に答えていただくだけでなく、実際に口腔内を診させていただき歯周病などのチェックを行います。参加者の方にも好評です。また、2014年からは参加者の唾液を採取させていただき、唾液中コルチゾールによるストレス評価も始めました。

小山晃英氏

小山晃英氏 
J-MICC研究に関わるようになって半年になりますが、臨床検査技師として京都フィールド独自の新たな検査項目の提案・測定、データの抽出や解釈などを行っています。とくに、糖尿病など新たなマーカーとなりうるものを測定し、全体のJ-MICC研究で測定している遺伝子と生活習慣などとの関連を見ていきます。今後は遺伝子研究にも携わっていく予定です。

J-MICC研究を実施する上で大切にしていることは何ですか

栗山氏 息の長い研究であり、継続性が何よりも重要です。6,500人の思いを引き継ぐことが私たちに課せられた大きな責務だと考えています。参加者をはじめ多くの方々にぜひ長い目でご協力いただければと思います。研究的な側面で言うと、遺伝子をターゲットにしたゲノムコーホート調査なので、従来とは違った観点での解析方法や研究テーマの視点を考える必要があります。他のサイトとの情報交換などによって、京都フィールドの評価が得られるように努力することも大切だと考えています。また、長い追跡期間の中で教室内のスタッフの研究調査への熱意に温度差が出ないようにしなければなりません。

尾﨑さん 当初、協力者の数がなかなか伸びなかったのですが、京都市内の一般住民からの参加を呼びかけるために、A4判を4つ折りにしたチラシを透明ファイルに入れてポスティングしました。大学の信用度もあり、多くの方が協力してくださいました。いちばん驚いたのは、ポスティングから約2年も後に「まだ募集していますか?」という問い合わせがあったことです。J-MICC研究は多くの方々によって支えられており、調査を通しての人とのつながりということを強く感じます。協力者の方には誠意が伝わる対応の仕方をすることを心がけています。

松井氏 とくに歯科領域では、こうした大規模コーホート研究に参加できる機会はなかなか得られません。私は恵まれているという自覚があり、医学部の中で歯科の立場を確立するためにも自分が責任をもって取り組まなければと考えています。当教室のスタッフは渡邊教授はじめ新たな試みに対して後押ししてくれますし、各分野のエキスパートが揃っていますので研究のアイデアなどに関して多くの示唆が得られるので勉強になります。

疫学研究の面白さは何ですか

栗山氏 私は基礎研究に関わった時期もありますし、臨床にも長く取り組んできました。それぞれの面白さも役割もありますが、疫学研究は結果が出るまでに長い年月を必要としますが、成果が得られればすぐに臨床応用できますし、現場や社会に情報発信ができるというパワーがあります。

尾﨑さん 根気よくデータを蓄積していくことで、予防対策が明らかになり、成果を多くの人に還元できるという点が素晴らしいと思います。

松井氏 人々の生活習慣などを長い年月にわたって追跡していくことで、病気の本当の発症原因などが解明される。人間を大きな目で見ることのできるのが疫学の面白いところです。

仕事をする時に大切にしていること。また、仕事を離れた時のリラックスの方法などを教えてください

栗山氏 私は相田みつをの「一生勉強、一生青春」という言葉が好きです。いつまでも歳を取らずに真摯に前向きに勉強していきたいと思います。何かに長く継続して取り組むにはエネルギーが必要です。これはまさしくコーホート研究に通じる言葉でもあると思います。趣味ということでは、学生時代はハンドボールとESS(English Speaking Society、英語研究会)をやっていました。最近は忙しくてなかなかできませんが、ジョギングなど運動も再開したいと考えています。また、私は幼少時アメリカに住んでいましたし、卒業後、基礎研究や疫学研究の両面でアメリカ留学させていただきました。いろいろな国の人たちと触れ合うのが好きで、外国との交流は趣味でもあり疫学研究の実益でもあります。

尾﨑さん 常に謙虚であることと、何事にも一生懸命取り組むことをモットーにしています。気晴らしは、旅行をしたり美術品を見たりすることです。

松井氏 大切にしているのは「感謝」です。疫学研究は一人ではできません。自分は1つの歯車にすぎないという謙虚さと支えてくれる人への感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思います。趣味は剣道です。高校時代に素晴らしい恩師に出会い、一生続けていこうと決めました。剣道の大切な点も感謝の気持ちです。無欲になって感謝の気持ちをもって相手と対峙する。まだまだ修業が足りませんが(笑)。

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