「J-MICC岡崎研究」名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学教室
J-MICC岡崎研究は、名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野が担当し、岡崎市医師会公衆衛生センターの全面的な協力の下で行われています。岡崎市は鎌倉時代から東西交通の要所として栄えてきました。また、徳川家康公の生誕地としても知られる歴史の薫る町です。市内には大きな川が流れており、この水を利用した大規模工場や水田地帯があり、現在は、人口約38万人の、現代的な都市施設を備えた中核都市として発展しています。
調査は平成19年(2007年)2月のパイロット研究の後、同4月より本格スタートしました。現在、約7,500名のベースライン調査参加者を追跡する第2次調査が進行中です。本研究の中心となって携わっているお二人にお話をお聞きしました。
(取材日:2015年1月26日)
医の倫理を尊重した研究を
鈴木貞夫氏(公衆衛生学教授)
- まず、岡崎研究の基本情報についてお聞きしたいのですが、対象地区と研究に関わっている職種について教えてください
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鈴木氏 対象は岡崎市に住んでいて、岡崎市に住民票のある方としています。J-MICC研究は最初の登録時から最長20年間の追跡調査なので、市町村の協力が欠かせません。われわれのマンパワーにも制限がありますし、岡崎市という1つの地区に限定したほうが効率的なのです。研究に直接的に関わっている陣容としては、大学院生も含めて医師が3名、看護師2名、臨床検査技師1名、理学療法士1名です。そして、J-MICC岡崎研究はすべて岡崎市医師会公衆衛生センターで実施されています。
- 研究の進捗状況についてお聞かせください
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鈴木氏 ベースライン調査が平成19年(2007年)2月に始まり、平成23年(2011年)8月に終了しました。ベースライン調査では約7,500名が登録されました。平成25年(2013年)1月から始まった第2次調査ではこの約7,500名をコーホートとして追跡しています。
- 鈴木先生ご自身がJ-MICC研究に関わるようになったきっかけは?
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鈴木氏 J-MICC研究が始まる前に、やはり文部科学省科学研究でJACC研究という大規模コーホート研究がありました。この研究は日本人の生活習慣ががんとどのように関連しているかを明らかにすることを目的に、約10万人を対象に行われたものです。当時、私は名古屋大学の大学院生で、JACC研究が立ち上がった時から事務局のメンバーとして仕事をしていました。しかし、その後海外留学などを経てJACC研究とのつながりは実質的に切れてしまいました。その後、名古屋市立大学へ赴任し、前の教授であった徳留信寛先生に「研究者としてやっていく軸になる研究を見つけたほうがいい」と勧められました。具体的に何をやるかを考えた時に、やはり自分のコーホート研究を持つのが強みになると思い至ったわけです。
話の前後は詳しく憶えていないのですが、名古屋大学の浜島信之教授がJ-MICC研究を立ち上げることは聞き及んでおり、それに参画すべく自分の研究対象とするコーホートを探し始めたのです。ところが、最初は全くうまくいきませんでした。研究計画をなかなか理解してもらえなかったのです。そうこうしているうちにJ-MICC研究はスタートしました。ある時、岡崎市医師会公衆衛生センター長の山田珠樹先生から徳留教授の元へ、公衆衛生センターに蓄積されているデータを研究ラインに乗せたいとの相談があり、私を紹介していただきました。山田先生は非常に研究熱心な方で、同年代で気も合いました。スタートはだいぶ遅れましたが、その出会いをきっかけに岡崎研究が始まったのです。
- 岡崎研究を立ち上げた当時のご苦労は?
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鈴木氏 山田先生やわれわれの熱意があっても、実際に調査を実施していただく現場の方々には何のメリットもありません。ですから、理事会等にも積極的に出向き、調査への理解・協力を得るために真摯な説明を心がけました。こうした疫学研究は一般の研究参加者の善意に立脚しています。岡崎研究では協力者を公衆衛生センターの人間ドック受診者から募ります。ですから、センターにクレームなどが寄せられるようなことがあってはいけません。そこで、あくまでも名古屋市立大学の事業であることを強調し、公衆衛生センターに苦情が行かないようなシステムを作ることに気を配りました。
- 研究参加者のリクルートはどういう形で行われるのでしょうか
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鈴木氏 研究協力者は住民基本台帳などから探すのではなく、公衆衛生センターの人間ドック受診者の中から、研究の趣旨に賛同してくださった方に説明と同意確認をして集められます。声をかけた方のほぼ4人に1人が同意してくださいました。どの方をリクルートするかについては公衆衛生センターにお任せし、協力者の情報はすべて個人情報を伏せた形でやりとりされます。
- 実際の調査はどのように行っているのですか
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鈴木氏 公衆衛生センターでの人間ドック健診の機会を利用して行うという形です。ですから、本来の健診業務の流れを阻害しないことが非常に重要であり、健診の前後に少しお時間をいただくことにしています。また、研究のための血液採取は行わず、あくまでも人間ドックの血液検査の際に検体を試験管2本だけ余分にいただくことにしています。
- 研究パートナーや協力者の調整などに気を遣いながら研究を進められていることがよくわかりました。改めてお聞きしますが、鈴木先生にとって疫学研究の面白さはどういうところにあるのでしょうか
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鈴木氏 子どもの頃は、科学の研究というと試験管を振ったり顕微鏡を覗くといったイメージしかありませんでした。しかし、疫学研究は危険因子を探るために統計学などを応用します。とくに海外へ行ってそうした疫学研究のバックボーンを勉強できたことが自分にとって大きな経験でした。今になって考えてみると、もともと私は人の動きや地域特性などから病気と原因の因果関係を探るというアプローチが好きだったのだと思います。逆に、臨床にはあまり向いていないのかもしれません(笑)。
- 疫学研究を進めていく上での難しさはどういう点にありますか
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鈴木氏 医学研究において最も尊重すべきことは医の倫理です。その原則はヘルシンキ宣言にあります。研究のシステムが倫理的原則から逸脱していないかを常に注意深く見ておく必要があります。どんな研究であってもシステムの弱い部分からほころびが生じてきます。私のこれまでの経験から痛感したのはミスを防ぐためのダブルチェックの重要性です。また、医の倫理は時代の状況とともに変化していく面もあります。たとえば、研究参加者からの同意は非常に重要ですが、完全に理解を得た上での同意を得ることは難しいのです。J-MICC研究では血液を冷凍保存していますが、ベースライン時点では、将来どのような解析を行うかについて厳密な意味での同意は得られていないわけです。そのへんは研究者の良心と研究参加者との信頼関係に委ねられています。
- 先生の考えるJ-MICC研究の意義や今後の抱負についてお聞かせください
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鈴木氏 遺伝子型を確認し、遺伝要因と生活要因の関連からの疾患の解明を目指している点で時代に合った研究だと思います。ただ、私がむしろ興味を持っているのは、もっとプリミティブな指標を使って疾患の具体的な予防法が確立できるのではないかということです。たとえば、「運動をすれば乳がんが減る」といったように疾患の予防に直結するエビデンスが得られ、誰もが論文から役に立つ情報を活用できる研究になればいいと思いますね。
- 鈴木先生がお仕事に向き合う上で大事にされていることは何ですか
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鈴木氏 研究とともに、後進への教育が大切だと考えています。しかし、教育には時間がかかります。当分野では大学院生にはマンツーマンでの指導を重視していますが、カリキュラム上のこととは別に、教員とのコミュニケーションから学ぶことも少なくありません。学部学生のほとんどは臨床医になっていくわけですが、彼らにも公衆衛生のマインドを伝えたいし、その中の何人かは公衆衛生学の研究者を目指してくれたらと期待しています。海外へ勉強に行くのも1つの道でしょう。
- 仕事から離れますが、趣味や特技などは?
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鈴木氏 私の留学先は米国のハーバード大学だったのですが、ダブルスクールの制度を利用して隣の音楽院にも通っていた時期があるのです。専攻は合唱指揮で音楽学修士を持っています。実はそちらのキャリアはずっと親にも内緒にしていたのですが(笑)、最近は地元の多治見市などでの音楽活動も再開しました。
「現場監督」としての役割を全うしたい
細野晃広氏(公衆衛生学助教)
- 細野先生がJ-MICC研究に関わるようになった経緯を教えてください
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細野氏 私は名古屋市立大学の出身なのですが、医学部を卒業する間際に公衆衛生学への興味が強くなりました。1年間だけ小児科での研修も行ったのですが、最終的に自分には病気を治療することよりも予防を考えるほうが合っていると思い、大学院で公衆衛生学を専攻することになりました。J-MICC研究のベースライン調査が始まった時は、名古屋市の保健所に勤務していました。2年前に助教として名古屋市立大学大学院に戻ることになり、J-MICC研究の第2次調査から参加することになりました。
- 疫学研究に携わる面白さをどう感じていらっしゃいますか
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細野氏 出口と入口が決まっていれば、その過程はブラックボックスでもあまり問題にしないところが好きです(笑)。たとえば、疫学研究で昔から有名なのが喫煙とがんの因果関係です。タバコを吸うとがんになりやすいのは間違いないのですが、タバコのどの成分ががんを引き起こすかといったことは疫学では問題にしません。入口がタバコで、出口ががん。その因果関係を明らかにすることがまず重要なわけです。原因と結果がうまくつながらない場合は、仮説の立て方か研究デザインが間違っているということです。試験管を振ったり顕微鏡を覗いて確認する必要がない。そういうところが自分に合っていると思います。
- J-MICC研究を進めていく上でのご苦労は何ですか
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細野氏 大変だったのは最初にシステムを作られた鈴木先生であり、私は現場監督として仕事をしているにすぎませんので苦労らしい苦労はしていません。ただ、岡崎市医師会の公衆衛生センターにあまり負担をかけないようにということは気にします。やはりサイト(実施地域)との良好な関係を維持することが研究の成否に直結すると思いますので。とくに、こういった息の長い研究は一人の力ではできません。いろいろな方の協力は不可欠なので、関係各所とのコミュニケーションは大切です。とは言っても、資料の発送を忘れてしまうなど、よく失敗するのですが(笑)。
- 岡崎研究の現場監督として仕事をする上で工夫されていること、気をつけていることなどは?
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細野氏 研究参加者の方にはもちろん研究への協力に同意いただいているのですが、第一義的には人間ドックを受けることが目的で公衆衛生センターにいらっしゃるわけです。その目的を邪魔しないようにすることを最優先で考えます。そこに尽きますね。たとえば、人間ドックを受けるために開門前から1番に並んでいる方もいらっしゃいます。ところが、こちらの研究のために時間を取られて、2番目、3番目に並んでいた方よりも健診があとになってしまえば不満も出るでしょう。気持ちはわかりますし、実際にそういったトラブルは少なくありません。あるいは、調査票の記入項目が多いことや、通常の医療機関では質問しないような性格傾向やプライバシーに関わる質問項目への抵抗感もあるようです。
- 受診時の流れは具体的にどのようになっているのですか
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細野氏 現在の流れは、まず同意書と調査票にはあらかじめ記入しておいてもらいます。当日は、人間ドックの受付時間より10分早く来ていただき、その10分間の中で同意書の確認と調査票のチェックを行います。調査票への未記入などがあって10分で終わらない場合などは終了後に少し時間をいただくケースはありますが、現在は登録から5年後の追跡調査ですので、ベースライン調査の際に比べて拘束時間は比較的短くて済みます。
こうして研究参加者の協力によって得られたデータをいかにきれいに整理して、登録された受診者の健康情報を見やすい形で20年間保存するかが、J-MICC研究を成功させるための最大の鍵だと考えています。
- J-MICC研究の意義について、細野先生はどのようにとらえていらっしゃいますか
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細野氏 調査票で得られた生活習慣などのデータを追跡するだけでも一定の成果は出ると思いますが、血液検査によって血液成分値やサイトカインなどのデータを細かく取ることができるので、それが将来的にコーホートとして詳しく解析されることには非常に大きな意義があると思います。今は、データをきれいに整理して誰でも利用できるような形にして保存しておくことが私の役割だと考えています。その追跡情報により疾患と原因との新たな因果関係が特定されることは私にとっても非常に興味のあるところです。過去に行われた同様のコーホート研究であるJACC研究を超えるものになることを期待しています。
- 細野先生が仕事から離れてほっとするのはどんな時ですか
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細野氏 休みの日に子どもと遊んだり、竹刀を振ったりする時でしょうか。剣道は小さい頃にやっていて一時やめてしまい、20代の半ばに再開して30歳前に3段を取った程度で、あまり威張れたものではありません。4段はなかなか遠いです(笑)。
- 将来的な話として、疫学研究の分野の中で興味のあるテーマはありますか
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細野氏 いつか子どもの健康に関する疫学研究を手がけてみたいという思いはあります。学生時代に研修で小児科を選んだのも、子どもの健康への興味と無関係ではないかもしれませんが、目下のところは岡崎研究の「現場監督」としての役割を全うしたいと思っています。
調査票を入れた研究参加の案内書
記入された調査票の束と冷凍保存されている検体