明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第7回

「J-MICC研究 ― J-MICC連合KOPS」九州大学病院総合診療科

九州大学病院総合診療科

九州大学病院総合診療科では、九州と沖縄の住民の健康管理を目的として70年代からKyusyu Okinawa Population Study(KOPS)というコーホート研究を継続しています。対象は、日本最南端・最西端に位置する市である沖縄県石垣市、玄界灘上に位置する離島・長崎県壱岐市、美しい星の名所として知られる福岡県八女市星野村、歴史の古いかつての炭鉱の町・福岡県粕屋町の住民健診参加者です。このうちの12,516名がJ-MICC研究にも登録されており、J-MICC研究本体との連合の形で進められています。KOPSはすでに罹患調査まで進んでおり、J-MICC研究にも貴重なデータを提供しています。

(取材日:2015年9月7日)

調査結果を患者さんに還元できることが臨床医としてのメリット

古庄憲浩氏(九州大学病院総合診療科 副科長)

J-MICC連合KOPSの主体は総合診療科とのことですが?

古庄憲浩氏

古庄氏 一般に、総合診療科は疾患の診断が主であり、治療は各診療科で行います。しかし、当院の総合診療科では診断だけでなく治療・フォローも行っています。高齢者が多いからです。多くの高齢者は複合疾患を抱えていますが、複数の疾患を臓器ごとの専門医が診るのは非効率的ですし、高齢者の場合は広く全身を診ていく必要があります。ですから、総合診療医はあらゆる疾患に対応しなければなりません。そこで重要になってくるのが疫学です。とくに、過剰診療を防ぐとともに、予防のための重要なエビデンスを得るには疫学研究が必要です。私たちは疫学研究者ではなく、あくまでも臨床上の疑問を解決するための知見や情報を得ることを目的に疫学研究を行っています。これがJ-MICC研究を行っている他の施設との大きな違いではないかと思います。

臨床家が疫学研究を行うメリットは?

古庄氏 臨床だけをやっていると、同じ疾患の患者さんに対しては説明や対応が画一的になりがちです。しかし、疫学研究によって得られた情報を参考にすることで、症状や検査値などだけにとらわれずに広い視点から疾患を評価することができるので、患者さんへの個別的な対応が可能になります。

総合診療科がJ-MICC研究に参加することになった経緯を教えてください

古庄氏 総合診療科では1978年に沖縄県石垣市でKyusyu Okinawa Population Study(KOPS)を開始しました。90年代に長崎県壱岐市、福岡県八女市星野村、福岡県粕屋町での調査も加わりました。2014年9月現在で健診参加者数は18,762名となっています。このうちの12,516名がJ-MICC研究の登録者となっています。J-MICC研究への参加は2009年からですが、全体の約1割のデータを提供していることになります。


各地区での住民への説明や参加の様子。


石垣市


星野村


2010年 長崎県壱岐市検診参加の様子

KOPS、J-MICC研究の進捗状況は?

古庄氏 2004年から死亡者数の追跡が始まっています。また、沖縄県石垣市では2013年から罹患調査がスタートしました。2015年から長崎県壱岐市でも実施予定です。さらに、2016年からは福岡県八女市星野村、2017年から福岡県粕屋町で罹患調査をスタートする予定です。これらのデータはすべてJ-MICC研究にも提供します。さらに、私がかつて米国のボストンに留学していたこともあり、現在、フラミンガム研究と共同で日米の比較研究も行っています。

先生にとって疫学研究の面白さは何ですか

古庄氏 臨床医は、基本的に自分の専門以外の病気を診ることはありません。私は感染症やがん、膠原病などを主に診ています。しかし、疫学研究に関わることで糖尿病や骨粗鬆症、アトピー性皮膚炎、脂質異常症などあらゆる領域についても学べます。例えば、九州北部の女性には骨折が多いという事実があります。調べたところ、骨粗鬆症のデータも悪く、血中のビタミンが不足していることがわかりました。食事調査をしたところ、九州でも納豆を食べる人がいて、納豆を食べている人は骨が強い傾向のあることもわかったのです。そういった自分のデータを根拠に、投薬するだけではなく、患者さんに「納豆を食べるように」という指導ができます。他人の教科書ではなく、自分で見つけた証拠から、調査結果を患者さんに還元できる。それが臨床医として疫学研究に携わるメリットです。あるいは、コレステロール値が高いと心疾患のリスクが増えるのは常識ですが、心臓に悪さをするのは一部のコレステロールです。例えば、心疾患の原因になる20種類の特殊なコレステロール値が高い人だけを治療すれば効率的な診療ができます。総コレステロール値が高くても治療の必要のない人もいるわけで、それを自分のデータから明らかにできるのです。疫学研究はヒトを対象にしているのでそのまま臨床に直結します。

疫学研究は成果が得られるまで時間がかかります。ジレンマを感じませんか

古庄氏 方法論を変えればいいと思うのです。たしかに、がんや心疾患など結果が出るまでに長い期間を必要とする疾患もあります。しかし、例えば頸動脈の異常があれば、それは結果としての心疾患を反映している可能性があります。横断的な調査からでも臓器障害はわかるので、ある程度将来の発症を予測することも可能です。これが臨床側の立場での疫学研究の応用の方法だと思います。

疫学研究に携わる上でのご苦労は?

古庄氏 当サイトは臨床が主ですから、調査は空いた時間にしなければなりません。また、調査が始まれば診療を休んで現場に行きます。患者さんを診療しながら疫学研究を行うには多くのマンパワーが必要であり、KOPSでは総合診療科の医局員と大学院生全員が研究に関わっています。

研究参加者のリクルートでのご苦労はなかったですか

古庄氏 KOPSでノウハウを蓄積していますし、保健師さんや保健所のスタッフなどとの関係も長い歴史があるので、協力を得られやすい環境ができています。コーホート研究を始めるには下準備や医師会などとの調整がたいへんですが、私たちは長く疫学調査を継続しているので地域で認知されているというアドバンテージがあります。ただ、困ったのは市町村の大合併のあったときでした。例えば、福岡県八女市では2007年に周辺4町村との合併がありましたが、その際もともとのコーホートであった旧星野村だけを継続して調査対象地域とすることの説明などがたいへんでした。石垣市、壱岐市でも合併があり、同じような苦労がありました。

疫学研究成功への鍵は何だと思いますか

古庄氏 医療者と研究協力者、研究協力者と地域自治体、地域自治体と医療者、お互いのリスペクトだと思います。とくに若い医師にとって疫学調査を経験するのは良いことです。対象者は健康な人ですから協力を得るためには真摯な対応や話術も必要になります。疫学研究を通して、患者さんとの接し方や地域自治体の人との折衝、チームとしてのマネジメントなどを学ぶことができます。

先生にとってJ-MICC研究の意義は何ですか

古庄氏 J-MICC研究に携わって疫学研究の専門の先生にご指導をいただき、視点を変えて見ることの重要性を学びました。さまざまな分野の専門家が交わることで真実が見えてきます。

仕事に臨む上で大切にしていることは?

検体を保管している冷凍庫
検体を保存している冷蔵庫

古庄氏 常に「相手の気持ちに立って考える」ということです。患者さんと相対するときは患者さんを中心に物事を考えますし、疫学研究者と仕事をするときはその先生の立場を重視します。例えば、自分たちの集めてきた検体を提供するのは身を削ることにも等しいのです。科学者としては自分たちの研究だけに生かしたいというエゴもある。しかし、J-MICC研究に協力すれば患者さんにより多くのことを還元できると思うからこそ提供するわけです。


仕事から離れてほっとするときは?

古庄氏 ゴルフと読書をしているときです。本では、イギリスの作家ジェフリー・アーチャーなどのミステリーが好きです。読んでいると、自分が経験できないようなことを疑似体験できるので現実を忘れます。海外に行ってみたいけれどもそんな時間はないので本を読んで想像するわけです。以前、バルセロナに行きたくて、スペインの小説家カルロス・ルイス・サフォンの本を読んで想像したのですが、実際に行ってみるとイメージと違っていたりしてそれはそれで面白かったですね。

参加してくださった方への感謝や誠意を持って続けていきたい

志水元洋氏(九州大学病院総合診療科 副医局長、助教)

J-MICC研究に関わるようになった経緯について教えてください

志水元洋氏

志水氏 私は平成24年(2012年)度の入局で、J-MICC研究に関与するようになったのは2年前からです。もともと疫学研究をしたく、KOPSをやっている九州大学病院の総合診療科は理想的でした。臨床研究に関わって、そこからエビデンスを世界に発信していきたいという気持ちがありました。初めの1年間で医局の仕事に慣れ、2年目に助教となったのを機にKOPS、J-MICC研究に加わることになりました。


実際に疫学研究に参加されていかがですか

志水氏 疫学研究は全体から見れば大きな数を扱います。J-MICCも10万人規模の研究です。しかし、実際に疫学研究を進める立場からすると、研究参加者一人ひとりの協力や診察の積み重ねが重要になります。ですから、参加してくださった方への感謝や誠意を持って続けていきたいと思います。


対象となるのは患者さんではなく、一般の住民の方です。医師としての戸惑いなどはなかったですか

志水氏 総合診療科にはこれまでに各々の地域での健診事業の積み重ねがあり、各地域の人たちがみなさん協力的ですので、研究参加に関する苦労はあまりありません。ただ、病院ではなく地域ベースで追跡していく点がたいへんです。病院に通っているような方は主治医がいますし、転居したり病院を変わったりするような場合でも比較的追跡をしやすいと思います。しかし、地域で生活して病院を受診することがない方だと、その人の健康状態を詳しく把握するのが難しい場合があります。

それぞれの地域の特徴みたいなものはありますか

志水氏 どの地域も非常に協力的ですが、石垣地区は総合診療科が長く疫学研究をしてきたという歴史もあり、とくに協力体制が整っています。

KOPSあるいはJ-MICC研究の意義についてお聞かせいただけますか

志水氏 J-MICC全体としては、がんや生活習慣病のリスクや遺伝的要因を明らかにすることが大きな目標です。また、KOPSにおいて以前から力点を置いているのは、心筋梗塞、脳卒中、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧症など動脈硬化性疾患・生活習慣病の診療にエビデンスを活かすことです。さらに私自身は科学者として、自分が思い描いている研究仮説を検証する場にもなることを期待しています。

疫学研究に対しての今後の抱負などを

志水氏 病院での臨床試験や観察研究なども同時進行していきたいと考えていますが、やはり最もウエイトを置いているのは疫学研究のKOPS、J-MICC研究です。

趣味とかリラックスタイムは?

志水氏 以前はサッカーやフットサルをやっていたのですが、最近は遠ざかっています。仕事から離れてリラックスするのはお風呂に入る時間でしょうか。読書も趣味です。旅先で購入することもあり、最近では、重松清さんの本を読みました。

松尾和美さん(九州大学病院総合診療科 リサーチアシスタント)

いつごろからKOPSあるいはJ-MICC研究に携わっているのでしょうか

松尾さん 総合診療科のスタッフに加わって6年目ですから、ちょうどJ-MICC研究への対象者登録が始まった頃からKOPSおよびJ-MICC研究に関わっていることになります。

リサーチアシスタントとしてどのようなお仕事をされているのですか

松尾和美さん

松尾さん KOPSでは4地域の検診をそれぞれ5年ごとに実施しています。これら検診で集められる調査票は1地域で数千人にも上ります。私の仕事は、検診で回収した調査票、同意書、アンケートの内容を確認し、研究用データとして保管する事です。また、KOPSやJ-MICC研究への協力に同意を頂いている対象者に対しては、追跡調査を行うため、毎年、各地域の保健所や市役所などに出向いて生存状況、転出の有無、死亡なども調べています。そして、これらの調査結果も追跡データとしてJ-MICC研究の中央事務局に報告しています。


追跡調査では具体的にどういったことを調べるのでしょうか

松尾さん 検診や健康アンケートから得た情報をもとに、病気の有無や発症の時期、かかった医療機関などを確認します。そして、がんや生活習慣病など、研究対象の疾病にかかっている場合は、医師によるカルテ閲覧調査を行い、その内容を中央事務局に報告しています。亡くなられた方については、直接的な死亡原因、影響を与えた病気なども保健所で調べます。また、研究対象外となる転出者については、市役所で転出の有無を確認し、報告しています。このように、追跡調査では4地域の対象者に対して、生存、罹患、死亡、転出の状況を常に追いかけて把握していきます。

仕事上のご苦労はどんな点ですか


総合診療科では、英会話や英語論文の質の向上のため、英会話の先生が勤務している

松尾さん 研究対象者数が多いということ、常に最新の調査データを把握し、アップデートしなければならないことです。J-MICC研究の登録者は12,516名と多いのですが、追跡調査に関しては4地域の最終調査日がすべて同じ日で区切られているわけではありません。全ての地域の調査結果をばらつきなく報告するには、常に調査を継続していく必要があります。


そういったデータの管理には何人の方が関わっているのでしょうか

松尾さん 追跡調査と生存調査は研究室のスタッフ、医師、大学院生などが関わっています。検診が実施される年は総合診療科の医師が交代で検診に参加し、調査票や研究参加の同意書なども回収します。こうして集められた研究データは研究責任者によって管理されています。

データ管理は責任重大ですね

松尾さん 検診で上がってくるデータは自記式で個人情報も含まれています。J-MICC研究の中央事務局にデータを報告する場合は個人の特定ができない様、すべて匿名化しなければなりません。検体や検体情報を移送する際も匿名化にして扱います。このようなデータを扱うときはとても神経を使います。

疫学研究に向き合うにあたって大切にしていることはありますか

松尾さん 参加に同意をいただいて初めて可能になる研究ですので、対象者の方には協力してもらうのが当たり前と思うのではなく、同意をして下さる事に対して感謝の気持ちを持ちながら、調査データが地域の役に立つよう研究をアシストしていきたいと思っています。

J-MICC研究のやりがいは?

松尾さん がんについて日本全国で行われている大規模なコーホート研究ですから、このような研究に少しでもかかわれる事に大きな意義を感じています。また、調査は地道なものですが、人の役にたつ研究であるため、やりがいを感じています。

仕事から離れてほっとするときは?

松尾さん 仕事では神経を使う事も多いため、仕事から離れたときは、走ったり泳いだりして体を動かしています。ときには友だちと飲みに行くこともあり、リラックスして友だちと話すことはとても良い気分転換になっています。