明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第14回

「J-MICC研究滋賀県高島市」 滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門

滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門

旧高島郡のマキノ町、今津町、新旭町、安曇川町、高島町、朽木村が合併して誕生した高島市は、琵琶湖と比良山系にはさまれた風光明媚な地域です。滋賀県のJ-MICC研究はこの高島市の住民を対象に行われています。調査を担当するのは滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門。同大学では1989年から循環器疾患の発症登録研究を実施しており、2002年に日本動脈硬化縦断研究(JALS;Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study研究)による高島コホート研究に発展しました。高島地区のJ-MICC研究は、この高島コホート研究に追加される形で2006年にスタートしました。ベースライン調査で得られた約4,600人を対象に現在、第2次調査が進行中です。

(取材日:2016年1月12日)

人と人との輪をつくることがフィールドワークの醍醐味

喜多義邦氏(敦賀市立看護大学看護学部准教授/滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門客員准教授)

調査研究に関わっているスタッフ構成について教えてください

喜多義邦氏

喜多氏 疫学研究者が私と高嶋直敬先生の2人、事務担当1人、フィールドで健診と発症登録を担当する看護師4人という体制ですが、健診時には、看護師、臨床検査技師など15人前後の陣容になります。他に、J-MICC研究開始当初から医学倫理の専門家である松井健志先生(現・国立循環器病センター研究開発基盤センター医学倫理研究室長)が関わっています。


高島市で研究を行うことになった経緯は?
1980年代後半に上島弘嗣名誉教授(現・滋賀医科大学アジア疫学センター特任教授)が国立循環器病センターから本学へ赴任されました。当時、私は環境衛生に長く携わっていましたが、上島先生から循環器疾患の疫学を教室の研究テーマのメインにしていくという方針が伝えられました。上島先生は国立循環器病センターで、WHOによるMONICA(monitoring of trends and determinants in cardiovascular diseases)研究の日本版である循環器疾患の発症登録研究を進めていましたが、滋賀医科大学にも参加要請があり、コホート研究を実施・管理するうえでとても適している高島市が選ばれました。そうした経緯で脳卒中と心筋梗塞の発症登録を行うことになり、岡山明先生(現・生活習慣病予防研究センター代表)と私が担当することになりました。1989年のことです。そして2002年にはこの研究を活用する形で、上島先生が委員長を務めていたJALS(Japan Arteriosclerosis Longitudinal Study)研究に加わることになりました。その後、J-MICC研究が始まることになり、私たちも2006年から参加し、高島市の西方山間部にある朽木地区(旧朽木村)からベースライン調査をスタートさせました。2011年から第2次調査が始まっていますが、現在もなお新規参加者のリクルートを継続しています。

 
大切な検体が保存されている冷凍庫。温度管理され、そのデータがパソコンに送られてくる。

高島地区のJ-MICC研究の特徴を教えてください

喜多氏 2002年から行っているJALS研究(第一世代)とJ-MICC研究(第二世代)を合わせた高島コホートとしては総勢約7,000人の参加者がいます。この参加者全員について循環器疾患とがんをエンドポイントとしていますが、J-MICC研究の中でのポジションも従来から行っている循環器疾患の発症・死亡を明らかにする研究に特化すべきではないかと考えています。われわれは、文部科学省主導の遺伝子多型研究「ミレニアム・ゲノム・プロジェクト」の高血圧グループに参画し、高血圧関連遺伝子の同定に関する研究を行ってきた背景があります。現在もその流れを受けて研究を進めており、やはり循環器疾患に関連する遺伝子や蛋白組成の解析をメインに行っていくのが望ましいと思います。

ご自身はもともと循環器が専門とのことですが、疫学に携わるようになって感じた面白さは?

喜多氏 とにかく現場が面白いです。一般住民の方々を相手にワイワイ、ガヤガヤと、ときには叱られながらやりとりをするのが本当に楽しいのです。健診を行っていると、「時間が長い」とか「順番がまちまちだ」といったクレームがたくさんきます。でも、そういったクレーム一つひとつに丁寧に対応していくと、住民の方の信頼が得られて地域に認知され、研究に協力的になってくれるのです。人と人との輪をつくることがフィールドワークの醍醐味ではないかと思います。その反面、もちろん大変ですが。考えてみると、私は2002年から毎年健診でのベースライン調査に携わってきました。当初はコホート研究に対するプレッシャーから血糖値が上がり、糖尿病になってしまいました。健診では重い荷物をたくさん運び、ぎっくり腰にもなりました。身を削って調査をしているという実感があります。

疫学研究を成功に導く鍵は何だと思いますか

喜多氏 なんとも言えませんが、私の信条は「しつこさ」です。疫学調査には、あきらめの悪さや忍耐が必要です。それがなければ10年以上も続けられません。

昨年(2015年)から敦賀市立看護大学へ移られましたが、今後、J-MICC研究、高島コホート研究へはどのような形で関わられるのですか

喜多氏 基本的にはサポートの立場で関わることになりますが、高島から始まった発症登録研究が今、全県下へ広がっており、その計画やコントロールには積極的に関与していきたいと考えています。さらに最近は、県外からの相談も寄せられるようになり、仕事は大きな広がりを見せつつあります。これは疫学研究者として非常にうれしいことです。

先生が仕事から離れてほっとするとき、趣味・特技などを教えてください

喜多氏 趣味は寝ることと読書です。暇があれば本を読んでいます。それから、北海道出身ということもあり冬場はスキーに通っています。今シーズンも楽しみにしていたのですが、昨年の夏に健診で腰を痛めてしまい、しばらくは行けそうもありません(笑)。

自分が納得するまでデータを集めたい

高嶋直敬氏(滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門講師)

高嶋先生がJ-MICC研究に関わることになった経緯を教えてください

高嶋直敬氏

高嶋氏 私自身は医学部を卒業して2年ほど臨床をしていました。学生時代からしていた日内リズム(体内時計)に関する細胞内情報伝達系などの基礎研究を行っていましたが、人を対象にした研究に従事したいという思いをもっていました。2007年に滋賀医科大学に赴任したのですが、上島先生から、高嶋で名前が同じだから高島研究に参加しないかと、本当か冗談かわからないような理由で誘われました(笑)。


疫学研究に携わるようになって感じる面白さはありますか

高嶋氏 フィールドでいろいろな人に出会って、話すことが楽しいです。マウスや細胞は疑問の声をこちらにぶつけてくることはありません。でも、人が相手だと疑問に対する説明などその場でのやりとりがあります。検査によってはすべての疑問に答える十分なエビデンスがないことも少なくありませんが、J-MICC研究によって、説明ができるだけのエビデンスを出していくことができればと思っています。

健診で住民の方から相談を受けたり、検査結果などの説明をされることもあるのですか

高嶋氏 高島研究では基本検診の検査項目に加えて、動脈硬化に関してはPWV(脈波伝播速度)とAI(動脈硬化指数)の測定を行っています。この2つはその場で結果がわかるので、帰り際に参加者に説明するようにしています。健診では1日約100人の方がいらっしゃいますので、それほどゆっくりと説明することはできませんが。

J-MICC研究に携わってきてご苦労されたことはありますか

高嶋氏 ベースライン調査の際には、高島市の住民基本健診や特定健診の場で、同意を得て追加でJ-MICC研究に協力していただいていました。ですから、ワゴン車に追加の検査の器材を積み、市内の会場をひたすら巡回していました。2008年の安曇川だけでも20数か所を回ったと記憶しています。

高島市のJ-MICC研究では独自の調査項目があるのでしょうか

高嶋氏 J-MICC研究とJALS研究の調査項目を合わせているので、他の地区の調査票に比べるとボリュームがあると思います。

コホート研究を行うにあたって大切なことは何だとお考えですか

高嶋氏 研究費の問題もありますが、なるべく長く追跡して結果を出すことに尽きると思います。一つの疫学研究の立ち上げに参画した研究者が、例えば20年なら20年間追跡できることはまずありません。立ち上げた研究者が定年などでリタイアすると、追跡ができなくなってしまうケースもあるようです。ですから、研究の継続性をしっかりと担保していくことが大切だと思います。

先生ご自身が仕事に向き合うときに大切にしていることは何ですか

高嶋氏 納得のいくまでデータを収集することです。コホート研究や疾患登録研究では7割8割のデータを集める労力・時間と残りの2割3割を集める労力・時間があまり変わりません。最近は早く成果を出すことが社会的にも求められています。それももちろん必要ですが、疫学研究は息の長い研究ですから、より100%に近いデータに基づいてより信頼できるエビデンスを出していくことが最も重要だと思います。

仕事から離れてほっとする時は?

高嶋氏 今はベランダでハーブや草花を育てています。場所があれば庭で花、野菜を育てたいです。

疫学研究は受け継いでいく研究です

三浦克之氏(滋賀医科大学アジア疫学研究センター長/滋賀医科大学社会医学講座公衆衛生学部門教授)

高島研究室が入っているアジア疫学研究センターはどういった経緯で設立されたのですか

三浦克之氏

三浦氏 疫学研究は大規模な集団に対する長期間の調査が必要です。しかし、日本やアジアではその研究基盤がまだ確立していないため、欧米に大きく遅れをとっています。アジア疫学研究センターはそうした課題に対応するために、文部科学省施設整備予算によって、アジアを中心とした国際共同疫学研究の拠点として2013年に設立されました。主な目的は循環器疾患などの生活習慣病を中心とした最先端疫学研究の推進を図ることです。疫学研究専用の研究棟は日本では当センターだけです。


三浦先生は主にどういったお仕事をされているのですか

三浦氏 これまで滋賀医科大学では先代の上島先生を中心として多くの疫学研究を手がけてきました。その一つが高島研究です。私はそうした遺産を引き継いで仕事をしています。現在、厚生労働省NIPPON DATA研究班の主任研究者も務めています。

アジア疫学研究センターを拠点に、高島研究もさらに広がりを見せているとか?

三浦氏 高島研究から派生して、2012年から滋賀県全域の脳卒中の発生・予後などに関する調査が始まり、滋賀脳卒中データベースが構築されました。脳卒中の発症登録が行われている都道府県は全国的にもきわめて少ないのです。また、高島循環器疾患登録研究では1989年以来、心筋梗塞の発症の実態を長期観察してきています。脳卒中や心筋梗塞の発症については、これらの研究で得られた結果が日本人を代表するデータとなっています。

三浦先生はどのような経緯で疫学研究の道に入られたのですか

三浦氏 医学部を卒業した後1年ほど内科で臨床を経験しましたが、高校生のときから人類生態学に興味があり、その延長で疫学と予防の研究に従事したいと考えていました。それで公衆衛生学の大学院に進み、それ以来、主に循環器疾患の疫学研究に携わってきました。高校時代から疫学や公衆衛生学に興味をもつというのはかなり変わった人です(笑)。

疫学、公衆衛生学の面白さは何でしょうか

三浦氏 疫学や公衆衛生学は人間を集団で見ますし、予防の対策が見つかれば集団全体に適応されます。臨床医は個々の患者さんを治療します。医学の手法は違いますが、数千、数万単位で病気の発症や死亡を減らすことのできる疫学もやりがいのある仕事です。効果は見えにくいですが、病気に対する根本的な対策は予防だと思います。疫学によって感染症は減りましたし、脳卒中の死亡率もかなり下がって日本人の寿命はこれだけ伸びたわけです。

疫学研究を成功させる上で重要なことは何だと思いますか

三浦氏 疫学研究は、実験室にこもって自分だけで研究を進めれば論文が書けるというものではありません。規模も大きく、目的は多様で、多くの人が関わります。行政との折衝なども必要ですし、学外とも調整を行わないとフィールドワークはできません。ですから、人間関係をうまく築くことがまず大切になります。それから、疫学の特殊性として結果が出るまでに10年20年かかります。ですから、データを集めるのと論文を書くのは別の人になるのが普通です。以前データを集めてくれた人のおかげで研究成果を上げることができるわけです。収穫して美味しい料理を食べられるのは、種を蒔いて育ててくれた人がいたからです。そうやって受け継いでいく研究です。種を蒔いて育てるのは嫌だという利己的な考えの人には向かないと思います。

疫学に興味をもつ若い人は少ないですか

三浦氏 そうですね。医学部へ進む学生はまず臨床医を目指しますから。ただ最近は、臨床をしばらく経験してから疫学研究の道に入る人も少しずつ出てきました。EBMが広く知られるようになったのをきっかけに、「疫学」という言葉が浸透してきたことも一因でしょう。

アジア疫学研究センターの今後の展望をお聞かせください

三浦氏 まずは、アジアの疫学研究の拠点として、日本人を含むアジア人のためのエビデンスを蓄積することです。疫学研究の難しいところは、例えば20年追跡して何らかの成果が出たとしても、それは正確には20年前の日本人についてのエビデンスでしかないことです。ライフスタイルが変化すればリスクファクターも変わりますから、疫学研究は時代とともに常にバージョンアップしていかなければなりません。例えば、NIPPON DATA80/90では日本人のための多くのエビデンスが得られていますが、これは当時の日本人におけるエビデンスです。ですから、新たにNIPPON DATA2010がスタートし長期追跡調査が行われています。

J-MICC研究の意義についてはどうお考えですか

三浦氏 日本人の生活習慣と遺伝子が病気とどう関係しているのかを調べる点で意義のある研究です。規模が大きいことも強みで、比較的稀な疾患に関する発症原因なども明らかになる期待がありますし、サブグループ別の詳細な解析も可能になるでしょう。J-MICC研究自体は主にがんを対象としていますが、高島研究や他の研究との連携で循環器疾患や糖尿病の発症に関する貴重なエビデンスも出てくるはずです。

重責を担っているなかで、仕事から離れてほっとするのはどんな時ですか

三浦氏 私は金沢から引っ越してきましたが、今は滋賀県の史跡などを観光するのが楽しみです。近江は歴史が古く、司馬遼太郎も好きだったとか。それから、私は高校時代に美術部で絵を描いていました。最近は描く時間もありませんが、暇を見つけてはよく美術館巡りをしています。