「J-MICC研究 静岡地区/大幸研究/J-MICC連合伊賀市コホート」
名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野
J-MICC Studyの中央事務局も兼ねる名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野は、静岡地区(静岡県中西部)、大幸研究(名古屋市)、伊賀市コホートの3つのフィールドを担当しています。静岡地区のベースライン調査の対象は、2006~2007年にかけて浜松市の聖隷予防検診センターの人間ドックを受診した静岡県中西部の住民5,000人です(2012年1月~2013年12月第二次調査実施)。名古屋市住民を対象とする大幸研究は2008年6月からベースライン調査がスタートし、2010年5月までに約5,200人の参加者を得ました(2014年1月~2015年3月第二次調査実施)。さらに、J-MICC研究との連携(J-MICC連合)により実施されている伊賀市コホートでは約1,500人が参加。現在、それぞれ追跡調査が進められています。
(取材日:2015年8月5日)
スタッフのモチベーションの高さが研究のクオリティにつながる
内藤真理子さん(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野准教授)
- 内藤先生が研究責任者を務める静岡地区と大幸研究についてお伺いします。まず、静岡地区の調査の経緯について教えてください。
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内藤さん ベースライン調査は人間ドックを受診された静岡県中西部にお住まいの35~69歳の方を対象に、2006年1月から2007年12月までの2年間行われました。職域を中心とした人間ドックということもあり、男女比は2:1で男性が多くなっています。実は、当初は宿泊ドック受診者を対象にしていましたが、1年目の調査で得られた参加者はわずか600人でした。ドック受診者はリピーターが多いため、年数を重ねても参加者数の大幅な伸びは期待できません。そこで、2年目は日帰りドック受診者を対象とし、1年間で新たに4,400人強の参加者を登録することができました。これは共同研究施設である聖隷予防検診センターの多大なご支援のおかげと心から感謝しています。
(静岡地区の進捗状況をニュースレターで見ることができます) - 大幸研究が始まった経緯は?
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内藤さん さらに参加者を増やす必要性から、静岡地区に続いて、2008年5月末から名古屋市東区の文教地区にある大幸医療センター(現:名古屋大学医学部保健学科)で名古屋市民を対象とした大幸研究がスタートしました。都市圏なので住民の移動が多いという地域特性があります。参加者は健康意識の高い方が多いのですが、健診が平日の日中ということもあって女性が多く、男女比は静岡地区とは逆転して女性が男性の2倍です。なお、私自身は静岡地区の立ち上げから調査実施担当者として関わってきましたが、前研究責任者である浜島信之先生の異動により、両地区の責任者を引き継いで現在に至っています。
- 内藤先生は歯学部のご出身だそうですが、なぜ疫学に携わるようになったのですか
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内藤さん 卒後10年目までは北九州で歯科医として働いていましたが、基礎研究での博士号取得を目指す一方で、臨床上の疑問を解決するために臨床疫学を学びたいと思うようになりました。たまたま厚生労働科学研究のリサーチ・レジデントの話があり、運良く採用されたことから、2001年から京都大学の中山健夫先生の下で3年間ポスドクとして社会医学に携わることになったのです。ポスドク期間を終えたところで、玉腰暁子先生(現:北大教授)に声をかけていただき、名古屋大学の助教として赴任することになりました。迷いもありましたが、研究者として生きていくのが夢だったので、この道を選択しました。人生はわからないものですね。
- 疫学研究の面白さはどこにあると思われますか
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内藤さん 人を対象にしていることです。基礎研究も面白かったのですが、自分のやっている仕事が将来どう役に立つのかというビジョンが、想像できないほど遠いところにありました。それに比べると、疫学研究は得られた結果を社会に還元できるまでが早い。一方、臨床もやはり人が相手ですが、対象はあくまでも個人であり、治療の結果を長期的・系統的に見ていくのは難しいですし、目の前の患者さんから得られたデータが一般化できるとも限りません。その点、疫学は対象を集団として俯瞰して見ることができます。そこに面白さを感じます。
- 逆に、疫学研究の大変な点は?
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内藤さん コホート研究は立ち上げる時が最も大変で、多くのマンパワーが必要です。J-MICC研究のベースライン調査では大学院生などのスタッフが頑張ってくれました。だからこそ今があります。でも、そうした人たちも卒業すると多くは研究から離れてしまいます。そして、研究の成果が出る頃には多くのスタッフが入れ替わっており、いちばん大変な時期に苦労した人たちの名前が表に出ないこともあります。彼ら彼女らの努力に報いることができるよう、研究を盛り立てていかねばと肝に銘じています。
- 疫学研究を実施する上で重要なことは?
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内藤さん 取りまとめ役としては、関係者とのコミュニケーションを密にして風通しを良くすることが大事です。それがミスやトラブルを防ぐことにつながります。もう一つは、スタッフのモチベーションを高め、維持することだと思います。スタッフのモチベーションが高ければ研究のクオリティも上がります。
大幸研究のベースライン調査と第二次調査終了時に作成したニュースレター。
裏面には関係者から贈られたメッセージを掲載した。 - J-MICC研究の意義は何だと思いますか
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内藤さん J-MICC研究は日本の分子疫学コホート研究として、最初に参加者が10万人に達した研究です。他の大規模な分子疫学コホート研究より研究開始が早いことから追跡期間が長く、前向きに疾患発症を見て解析できます。また、J-MICC研究の参加者の多くは地域、職域から募集されていることから、病院ベースの患者を対象とした研究などのコントロール群としても使用することができるというメリットがあります。
- 今後の抱負を教えてください
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内藤さん 静岡地区と大幸研究の2つのサイトを統合して、あるいは個別に解析して意義のあるデータを出せるように追跡調査の精度を高めていかなければなりません。また、おかげさまで両地区とも第二次調査まで終了したことから、研究成果の還元によりいっそう力を尽くしていきたいと思っています。J-MICC研究以外では、以前から摂食嚥下障害者や介護者のQOL研究を続けています。これをベースとして、主観的な指標である患者報告アウトカム(PRO)の評価方法を開発・検証し、それらを使用した臨床研究にも取り組んでいきたいと考えています。
- 仕事に向き合う際のスタンスは?
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内藤さん 誠意を持って仕事に取り組むこと、与えられた仕事に責任感を持つこと、周囲への感謝を忘れないことです。
- 仕事から離れてほっとする時間は?
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内藤さん お酒が好きなので、家で飲みながら料理をする時間ですね。それからオーケストラが好きで、名古屋フィルハーモニーの定期会員になっており、毎月コンサートに行くのが楽しみです。オーケストラの醍醐味は、いろいろな人が集まって一つの作品を作り上げていくこと。疫学研究に似ています。それから、年末に「第九」を歌うべく、特訓中です(笑)。
菱田朝陽氏(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野講師)
- J-MICCに関わるようになった経緯を教えてください
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菱田氏 6年ほど名古屋大学の血液内科におり、白血病やリンパ腫の患者さんの治療や白血病の遺伝子の研究をしていましたが、愛知県がんセンターとご縁があってがんの予防に関する研究に携わりました。遺伝子と生活習慣の組み合わせでがんの予防を目指すという研究が始まった頃で、その分野が自分に向いていると思いました。その後、東京の医学研究所でがんの分子標的治療の研究にも触れる機会に恵まれましたが、そちらは向いていないと痛感しました。そうした経緯もあり、自分はがんの予防の分野で最も世の中に貢献できるのではないかと考えました。そこから静岡地区のJ-MICC研究に関わるようになったのです。本学の予防医学分野に赴任してしばらくして、アメリカのノースカロライナ大学で遺伝子解析の最先端に触れ、多くの生物統計学分野の研究者とも知り合う機会を得ました。ゲノムワイド関連研究(GWAS)が注目され始めた頃でしたが、GWASによる知見だけでは、病気の遺伝的要因や遺伝子環境交互作用の全体像を完全には明らかにできない、という壁があることも徐々に明らかになってきつつありました。現在、アメリカ留学中の経験や人脈も活かしながら、その突破口を探しつつ、J-MICC研究によってオーダーメイド予防を実現できればという夢を持って仕事をしています。
- 担当されている伊賀市コホートの調査はどういった経緯で始まったのですか
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菱田氏 J-MICC研究は全体として対象10万人を目標にしていましたが、なかなか達成できなかったため、J-MICC研究本体以外のコホート研究との連携によるJ-MICC連合として研究協力者をさらに募ることになりました。三重県伊賀市は大阪と名古屋のちょうど中間にある市で、交通の便が悪いこともあり医師不足が深刻な地域です。そこで、この地区の医療支援を兼ねて、J-MICC研究との共同研究の形で伊賀市コホート研究を行うことになったのです。リクルートは伊賀市立上野総合市民病院にある伊賀市健診センターを受診した35~69歳の伊賀市民を対象に、2013年3月から2014年6月末まで行い、最終的に約1,500名の協力者を得ることができました。伊賀市は文化的に洗練されている土地柄で、そうした地域性もあると思いますが、お声かけをした8割の方に同意をいただくことができました。
- この研究を成功に導くために重要なことは何だとお考えですか
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菱田氏 病気の予防を大目標に掲げて遂行することが重要です。生活習慣に軸を置き、それをモデファイ(=修飾)する要因として遺伝子を考えるというスタンスが必要です。GWASでは遺伝子がメインで、それをどう予防に生かすのかはなかなか見えてきていません。さまざまな遺伝子解析の手法も導入し、効果的な病気の予防につながるような遺伝的要因のエビデンスを提供することが私の仕事だと思っています。
- 伊賀市コホートでは、コホート研究とともにピロリ菌感染の無料検査を行っているとか
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菱田氏 ええ。これと同時並行で走っているのがピロリ菌除菌による伊賀市胃がん予防事業です。20歳以上70歳未満の住民を対象に、無料でピロリ菌感染検査を行い、市の補助により除菌薬を安価で提供しています。私自身、小さい頃にピロリ菌を持っていて20歳前後の頃に何度か十二指腸潰瘍に罹り、除菌して良くなったという経験があるので、住民の方にも積極的に勧めています。この事業をスタートさせてから、伊賀市のピロリ菌関連消化器疾患の医療費が減少傾向にあることもわかってきました。
- J-MICC研究以外に携わっていることは?
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菱田氏 がん悪液質の患者さんの緩和医療の研究を行っています。悪液質で治る見込みのない患者さんは、都市部から地方の病院に流れてくる傾向があります。その様な事情のためか、そういった患者さんをどうケアするかという視点での研究は、どちらかというと都市部よりも地方で盛んに行われている、という印象を持っています。がん悪液質で体重減少を起こしやすい人と起こしにくい人が遺伝子で判別できるとの報告もあり、それを日本人で検証しようと考えています。
- 仕事に臨む際に大切にしていることは?
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菱田氏 目的意識を明確に持つことと、PubMedなどで常に最新情報をアップデートしておくこと、日本の状況を客観視するために世界の情勢を把握しておくことでしょうか。
- 仕事以外の時間の過ごし方は?
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菱田氏 デスクワークが多く、生活習慣病のリスクが高いので運動を心がけています。最近の錦織圭選手の活躍によるテニスブームにも煽られて、アメリカに行った時に覚えたテニスを日本でも続けています。最近、スピンサーブも打てるようになりました(笑)。
川合紗世さん(名古屋大学大学院医学系研究科予防医学分野研究員)
- 担当されている静岡地区と大幸研究の進捗状況を教えてください
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川合さん 静岡地区では人間ドックを再受診した参加者を対象に2012年1~12月まで第二次調査を実施しました。期間中に受診しなかった方は、2013年に2回に分けて郵送調査を行いました。大幸研究はベースライン調査で得られた約5,200人のうち約3,500人について2014年1月~2015年3月まで第二次調査を行いました。
- J-MICC研究に関わるようになった経緯は?
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川合さん 私は名古屋大学農学部の出身で分子生物学を専攻していましたが、研究室の教授が退官されることになり、研究を継続することができなくなりました。医学部修士が開かれた頃で、名古屋大学医学部の修士課程に進み、予防医学分野で研究を行うことになりました。それがJ-MICC研究のスタートした時期と重なります。疫学研究に携わっている方のほとんどは、医師など何らかの国家資格者です。でも、私は有資格者ではありませんし、生物学の分野からどういう形で疫学に入っていけるのか悩みました。私は理系出身でパソコンが得意なのですが、幸い、参加者登録をしていく段階でのシステムづくりやデータの入出力に自分の役割を見出すことができました。
- 疫学研究の面白さはどこにありますか
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川合さん 疫学研究のベースは人間関係で、参加者の厚意で成り立っているものです。疫学研究では調査票が重要ですが、参加者は基本的に健康であり、調査自体はその人にとって大きなイベントではありません。でも、そうした情報を一つひとつ蓄積し、10万人という規模のデータになったときに大きな意味を持った成果が立ち現れてくる。そこが魅力です。
- J-MICC研究を遂行していく上で重要なことは何だとお考えですか
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川合さん この研究のエンドポイントは罹患あるいは死亡です。私たちはその時点から、参加者の方と共に生きることになるという気がします。病気になった時点でもう追跡してほしくないという方もいらっしゃいます。病院にも問い合わせてほしくない、と。そういった方の気持ちを斟酌することも必要です。その点が動物実験と大きく違う点です。健康で幸せに生きたいと思っている参加者の一生を追跡する研究だということを肝に銘じておかなければなりません。そう思うようになったのは、私自身、学生時代にがんを罹患した経験があるからです。誰もが健康に生きたいと願っていても、病気になってしまう。疫学はその原因を研究します。病気を予防するための確証の持てる事実を一つでも多く積み上げていくことが私たちの仕事です。
- 追跡している参加者が罹患したという情報に接すると、どんな思いを抱きますか
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川合さん 研究に参加したことがきっかけでがんが見つかった方もいます。ベースライン調査時には健康だった方が5年後調査でがんに罹患していることもありますし、年齢を重ねていくほどそういう経験をする人が増えていきます。疫学は例外を無視しますが、私はやはり例外というものはあると思うのです。疫学は大多数の傾向は明らかにできますが、例外的な病気になる方もいます。私の経験も例外中の例外でした。例外は疫学では重要とはみなされませんが、その方にとっては極めて重大です。そこの兼ね合いをどう考えるか。罹患した当時は、疫学の意味を見出すことができませんでした。人生は個人個人のものであり、それを集団としてとらえて何の意味があるのか、と。でも、時間が経つうちに、例外はあるにしても、圧倒的な多数の方にとっては疫学研究で得られる情報は貴重なものだと思うようになりました。そう思えるようになったのも、調査を通して多くの方に出会い、人間的に成長できたからだと思います。
- 疫学研究を成功させるための鍵は?
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川合さん 研究者が自分の役割を明確にしておくことだと思います。研究者はそれぞれバックグラウンドも違えば、興味の対象も違います。それによって研究のスタイルも変わってきます。そうした研究者の個性を研究に反映しつつ、しかし時代の求めるものなどにフレキシブルに対応していくことも必要でしょう。私自身、興味のあることをやらせてもらっていますし、最初は興味がないことでも続けているうちに面白味を見出して楽しくなってきます。
- 仕事から離れてほっとする時間は?
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川合さん 私は一人っ子のせいか、一人の時間がないとダメなのです。大人数で騒ぐのが苦手で……。その時は楽しいのですが、疲れてしまうので、そのあとで一人の時間を楽しむのが私の息抜きです。以前からピアノを弾いたり何かを作ったりなど引きこもり系の趣味はいろいろありますが(笑)、フィギュアスケート王国・名古屋に住んでいることもあり、最近は一人でアイススケートに出かけるのが楽しみです。