明日のJ-MICC研究を支えるフロントランナーたち:第12回

「J-MICC研究静岡・桜ケ丘地区」
静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室

静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室

静岡県といえば、茶園面積と荒茶産出額がともに全国の約40%を占め日本一で、また、清水港における鮪と焼津港における鰹の水揚げ量も全国1位と、日本人のお茶と魚食を支えている県です。また最近は、健康長寿県としても知られています。J-MICC研究静岡・桜ケ丘地区の調査研究は、静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室が担当し、地域医療機能推進機構 桜ケ丘病院 健康管理センター(糖尿病・生活習慣病センターを含む)、一般社団法人 静岡市清水医師会健診センター、JA静岡厚生連の3病院:静岡厚生病院、清水厚生病院と遠州病院の健康管理センターの3機関5施設の全面的な協力を得て行っています。2011年から2013年までのベースライン調査で6,400人の研究参加者を得て、現在追跡調査が進められています。同地区では、J-MICC研究に役立てるため、J-MICC研究に関連した食事調査にも力を入れ、緑茶や魚などの摂取と健康との関連を探る独自研究を行っていることも大きな特長です。

(取材日:2015年12月17日)

相手には真心を持って接し、笑顔を絶やさないことが大事

栗木清典氏(静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室准教授)

調査研究に関わっているスタッフ構成について教えてください

栗木清典氏

栗木氏 調査開始時の研究スタッフは、私と遠藤香助教の2人でした。その後は年によって人数は違うのですが、現在、看護師2人、臨床検査技師1人、管理栄養士1人が関わっています。2016年4月から4年間の第2次調査が始まるので、さらに看護師1人と臨床検査技師1人が加わる予定です。


調査対象や協力施設の体制は?

栗木氏 ベースライン調査の対象は、2011年の開始時では、現:桜ケ丘病院の健診または人間ドックの受診者で、大学近辺の市町(静岡県中部地区)にお住まいの35〜79歳の方でした。その後、2012年に静岡市清水医師会健診センターが加わりました。この2年を終えた時点でのリクルート数は約3,000人と目標の5,000人に達しなかったので、2013年まで1年間延長するとともに、静岡県西部に調査エリアを広げ、新たにJA静岡厚生連の静岡厚生病院、清水厚生病院、遠州病院それぞれの健康管理センターに加わっていただきました。この3機関5施設の多大な協力のおかげで最終的に6,400人の研究参加者を得ることができ、J-MICC研究全体での10万人突破に貢献することができました。

協力施設が多く、意思の疎通や理解を得ることが大変ではありませんでしたか

栗木氏 静岡県の人には、穏やかな県民性とともに、(J-MICC研究の田中英夫・主任研究者いわく)清水の次郎長親分のように誰かのために一肌脱ぐことをいとわない気質があるように思います。協力施設の方々はみなさん親切で、私はそうした好意に助けられています。その協力に応えるためにも、研究成果をそれぞれの施設にフィードバックして、栄養指導や保健指導に役立つようなデータを提供したいと考えています。それによって研究参加者の方、さらに県民、国民に、生活習慣病の予防や健康の維持・増進に役立つ情報を還元できるということでご理解いただいています。

静岡県は健康長寿でも有名ですね

栗木氏 2012年に発表された健康寿命ランキングでは女性が75.32歳で全国1位、男性が71.68歳で2位でした。ところが、平均寿命では男性が10位、女性が32位なのです。健康寿命の調査には、自分が健康だと自覚しているかどうかといった質問の回答も反映されています。つまり、心の豊かさというか、幸福度は高いのですが、実際の健康度はそれほど高いわけではありません。J-MICC研究の全国および当地区の調査研究の成果によってそのギャップを埋めたいという思いがあります。なお、最新データでは、0.37歳延伸したもののトップの座を譲り、総合2位です。

静岡・桜ケ丘地区では食事調査に力を入れていることが大きな特長だとのことですが?

栗木氏 J-MICC研究で使われている食事調査票は、私の大学院時代の指導教官の先生が作られたものです。そういった経緯もあり食事調査を大事にしていきたいと考え、当地区では調査対象の人数を増やして、四季毎に非連続3日間、食事記録とともに、お茶を飲むたびに、その飲む緑茶を分析試料として採取いただき、同時に収集いただいた24時間蓄尿への排泄を調べる「カテキンの出納試験」を行うなど、食事調査のプロトコールを拡大して実施しています。また、採血(遺伝子測定を含む)、朝一番尿の採尿、採便に加えて、唾液も収集して各種の生体試料マーカーを調べ、様々な健康評価を行っています。例えば、便については、ヒトの第二の遺伝子と言われている腸内フローラを網羅的に検索することで1,000近くの腸内細菌が特定されますが、食事調査にご協力いただいた90人(四季で、延べ300人程)の腸内細菌のデータについて解析を始めているところです。また、唾液についてはストレスマーカーを測定して精神ストレス(心)の問題を調べています。さらに、赤血球中の脂肪酸濃度を測定して健康との関連も調べ始めています。脂肪酸は以前から私自身の研究テーマでもあり、青身魚や、鮪・鰹の腹身などに特異的に多く含有しているEPA、DHAの赤血球膜中の濃度の高い人は、乳がん、大腸がん、胃がんのリスクが低いことを(愛知県がんセンター研究所の在籍時に)報告しております。この食事調査に続き、第2次調査では、慶應義塾大学 医学部の「鶴岡みらい健康調査」に協力し、尿中の代謝産物などを網羅的に解析するメタボローム解析も行います。

生体試料保存の冷凍庫
生体試料保存の冷凍庫

大学側には静岡らしい茶畑とみかんの木があり、富士山もよく望める。
大学側には静岡らしい茶畑とみかんの木が
あり、富士山もよく望める。

先生はご出身が薬学部で、その後公衆衛生学に移ったそうですね。その理由を教えてください

栗木氏 薬学部では初め、食物中の抗変異原性物質による遺伝子変異の抑制メカニズムを研究していましたが、もっと疾病予防について学び、研究したいと考え、名古屋市立大学 医学系大学院博士課程(公衆衛生学教室)に入学し、がん予防のための食事介入研究や、食事調査のチームに加わりました。その後、愛知県がんセンター研究所で(研修生として)、がん疫学・栄養疫学の研究に従事するようになりました。

2008年にはフランス国立がん研究センターへ留学されましたが、どういった研究を?

栗木氏 がんの疫学研究です。期間は1年でしたが、ヨーロッパ10か国でがんと食事との関連を調べる「欧州がんと栄養の前向き調査(EPIC)」のフランスのデータ解析に携わり、みかんなどの成分であるβ-クリプトキサンチンを含むカロテノイドによる乳がん予防効果などを研究しました。

ヨーロッパと日本では疫学研究のやり方などに違いがあるのですか

栗木氏 フランスでの研究はJ-MICC 研究のプロトコールと違いますが、欧州全体の研究とフランス(私の所属していた部局)の独自研究を区別しており、J-MICC 研究と似ています。なお、人を対象にした大規模調査において、若手の育成に力を入れているという印象を受けました。大学・大学院の教育システムは日本とは大きく違いますが、統計学などを専攻するエリートの大学院学生が複数の大学院に籍を置いて教育を受け、研究に従事し、また、研修制度により、常に新しい大学生が出入りしていました。そうした状況を見て、若手育成の重要性を痛感しました。そこで、統計学を敬遠する日本の大学生が多い現状において、いかに楽しく(学生が)統計学を学べるようにするか、そして、人の健康に役立てるために活用してもらうか、教育と研究で実践できるように心がけています。

J-MICC研究への参画の経緯を教えてください

栗木氏 2002年に愛知県がんセンター研究所疫学・予防部に赴任し、田島和雄先生、浜島信之先生をはじめ、多くの先生方やスタッフからJ-MICC 研究のいろいろをご教授いただき、研究参加者をリクルートすることに携わったのが最初です。フランス留学を経て本学の食品栄養科学部に着任する際、がん疫学・栄養疫学に関するゲノムコーホート研究に参画したいとの思いから、J-MICC研究に共同研究機関としての参加を浜島先生に申し出ました。

静岡・桜ケ丘地区の研究は先生お1人で立ち上げたとか。ご苦労もあったと思いますが、研究への原動力は何だったのですか

栗木氏 どうすれば人が「食」によって健康になれるのか、つまり病気を予防できるのかを明らかにしたいというのが、薬学系から医学系に転向した理由でもあります。そのために何としても食が豊かな静岡県でコーホートを立ち上げたいと思ったのです。幸いにも、愛知県がんセンター研究所、名古屋大学と名古屋市立大学の医学系大学院の先生方をはじめ多くの方から、これまでのご経験から得た貴重なノウハウや、適切なアドバイスをいただくことができまして、また、上記の3機関5施設の皆様の多大なご尽力により、当地区の研究を立ち上げることができました。

J-MICCのようなコーホート研究を進める上で重要なことは何だとお考えですか


研究参加者への調査票回答の確認

栗木氏 熱意と真心と笑顔です。協力施設の方々が研究に協力してくださるのは、受診者の健康を望んでおられ、疾病予防や健康の維持・増進に関し、個々人の体質に応じた効果的な栄養・保健指導の確立は重要だとご理解いただけたからだと思います。それゆえ、受診者の皆様の健康の維持・増進のための日常業務に加え、次の世代(お子様やお孫様)の健康を守るため、病気の予防に役立てるために熱心に取り組まれ、お力を尽くされております。本研究にご協力下さる受診者(研究参加者)の皆様にも、常に真心を持って接し、笑顔を絶やさないことが心の幸せを共感するのではないかと考え、大事だと思っています。

J-MICC研究に対する先生のやりがい、抱負をお聞かせください

栗木氏 私の定年が2035年で、ちょうどJ-MICC研究が終了する年です。研究の最初の時期から参画し、本学での研究環境を立ち上げ、結果を見届けることができます。種まきの前の仕込みの段階から稲刈り、精米、販売、市販後調査まで、すべてのプロセスに関与できるということに運命的なものを感じます。食と健康の関連を評価することは難しいのですが、独自の視点を導入して、何らかの成果を世界に対して発信できたらと考えています。

仕事に向き合うときに大切にしていることは何ですか

栗木氏 また綺麗事を言いますが(笑)、心のつながりです。協力施設の方々にしても研究参加者にしてもそうですが、面識もない大学教員に突然研究への協力を要請されて、それを快く了承してくれたわけです。そこには何らかの期待が含まれています。そういった方々にとってメリットになる情報をお礼として返すこと、そして、県民や国民に、より健康になるための行動変容を促していくための(科学的根拠に基づく)情報発信がわれわれの責任だと思います。

仕事を離れてほっとするときは?

栗木氏 私の研究室を選んでくれた学生と一緒に食事をするときが最も楽しい時間です。研究室には炊飯器やガスコンロ、オーブンレンジがありますし、食品用に冷蔵庫も2台置いています。包丁とまな板も置いてあり、研究室でお誕生日会などを開いて、自分たちで作ったご飯を食べるのが恒例になっています。私自身、食べることは大好きで、留学中もフランス国内はもちろんヨーロッパ20数か国をめぐって名物料理の食べ歩きを楽しみました。

研究室のボードには栗木氏の趣味が大きいが、食品栄養科学部らしい食事の写真・チラシなどが貼ってある。(左)

一つ一つ確認して仕事を進めるようにしています

遠藤 香さん(静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学研究室助教)

J-MICC研究にかかわるようになった経緯を教えてください

遠藤 香さん

遠藤さん 5年前に静岡県立大学に着任しまして、その少し前からベースライン調査が始まっていました。そのときからJ-MICC研究に参加させていただいています。もともとは栄養学の基礎研究を行っており、主にビタミンの研究をしていました。その頃たまたま読んだ疫学研究の論文に、精神的ストレスレベルの高い人ではあるビタミンが不足するという指摘があり、それと前後してWHOから「これから精神疾患が増えてくる」という発表がありました。この2つがつながって、人を対象にした疫学研究に興味を持ったのが、疫学に携わることになったきっかけです。そして、人を対象にした研究をするのであれば、大規模な研究に関わりたいと考えていたところ、たまたまこの研究室がJ-MICC研究に参加していることを知ったのです。

J-MICC研究が始まったときのスタッフは栗木先生と遠藤先生のお2人だったとか。ご苦労もあったのでは?

遠藤さん 初めて疫学調査に関わることになって、最初の頃は右も左もわかりませんでした。ベースライン調査の3年目のときにご協力頂ける施設が3か所増えて、そのうちの1か所が静岡市内からかなり離れた場所にあったので、スケジュール調整が大変だったのを憶えています。

5年携わってきて疫学研究の面白さをどのへんに見出されたのですか

遠藤さん 多くの参加者の方に分厚い質問票に答えていただき、そこから自分の研究につながる情報を絞り込んでいくことが大変でもあり、面白さでもあります。私自身、バックグラウンドが管理栄養士なので食事と疾病との関連について研究しています。桜ケ丘地区では70歳代の方のみを対象とした独自研究を行っており、いまは食事と認知機能の低下や精神的ストレスとの関連を調べています。

2016年から第2次調査が始まるそうですね

遠藤さん ベースライン調査では、どのくらいの方に協力していただけるのかが予想できなかったので、先が見通せない難しさがありました。一方、第2次調査の成功は、ベースライン調査に参加してくださった方がもう一度ご協力いただけるかどうかにかかっているので、また別の大変さがあるかもしれません。

疫学研究を行う上で重要だと思われる点は何ですか

遠藤さん 記録をきちんと残しておくことと確認を怠らないことです。人がやることなので常にミスの起こる可能性はありますから。私自身、記憶力があまりよくないという自覚があるので、何でも細かに記録しておくことを心がけています。また、疫学研究はすぐに結果が出るものではありません。途中で投げ出さずにやり遂げることが何よりも重要です。

J-MICC研究の意義をどうお考えですか

遠藤さん 静岡県ではこれまで大規模な研究はほとんど行われていないので、静岡の人の生活習慣と疾患の関連などにどういう傾向があるかをこれから探っていけたらと思います。

先生にとってJ-MICC研究のやりがいは何ですか

遠藤さん これから何らかの成果が出たら、やりがいをより強く感じられるのではないかと思っています。現在、食事調査のデータを用いて緑茶の解析をしていますが、静岡県の人はお茶をよく飲むので、そうした食習慣と健康との関連を何か明らかにできればと考えています。さらに、静岡県に住んでいる方の健康に関するデータをどんどん出していって、静岡県の健康寿命をもっと伸ばせるように貢献できればと思います。

先生が仕事に向き合うときに大切にしていることは?

遠藤さん 疫学研究ではとても多くの情報が集まってきます。そうした膨大な情報の中にデータが埋もれてしまって、うまく結果が導き出せない場合もあります。そういうときは基本に立ち返って、抜け落ちていることがないかどうかを一つ一つ確認して仕事を進めるようにしています。

仕事から離れてほっとするときは?

遠藤さん 昔ピアノを習っていたこともあり、今でも音楽が好きです。家に帰って音楽を聴いているときがいちばん心休まります。演歌以外はジャンルを問わず聴きますね。


J-MICC研究に携わっているスタッフと共に。