研究ファイルNo.106:日本人に適した糖尿病の遺伝的リスクスコア評価は?
糖尿病は世界で増加しており、日本国内でも1千万人以上の人が糖尿病またはその疑いが強いとされています。糖尿病は生活習慣病の一つとして、食習慣の乱れや運動不足、肥満などが大きな要因として認識されていますが、その一方で家族歴や遺伝子の影響も決して小さくありません。誰が糖尿病を発症しやすいのかを遺伝的要因に着目して評価するための研究が世界各地で進められており、その一つの方法として、「Polygenic Risk Score(ポリジェニック・リスクスコア、PRS)」という指標が用いられます。これは多数の遺伝子型の情報を統合して、一人ひとりの遺伝的なリスクを数値化するもので、スコアが高いほど糖尿病にかかる危険性が高いと考えられます。
これまでPRSは主にヨーロッパ系の大規模遺伝子データを用いて開発されてきました。しかし、遺伝的背景は人種や地域ごとに異なるため、糖尿病の予測などに欧州由来のPRSをそのまま日本人に適用すると、精度が十分でない可能性があります。今回の研究では、日本人を対象に作成されたPRSを用いて、糖尿病をどの程度正確に評価できるかを検証しました。比較対象として、欧州のデータを基に開発されたPRSを評価し、日本人における糖尿病の予測精度の違いを調べています。
日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)に参加した1万4千人以上の参加者を対象に、約100万箇所の遺伝子型情報で構成されるPRS(日本人・欧州人由来それぞれ)のスコア値を計算し、実際に糖尿病と関連しているかどうかを検証しました。その結果、日本人のデータから開発されたPRSは、欧州由来のPRSよりも糖尿病の予測精度が明らかに高いことが示されました。(図1)
※ AUC(Area Under the Curve):予測精度を表す統計指標。1.0に近づくほど「完全に正しく予測できる」ことを意味する。
また、PRSが最も高い層(上位1%)の人々は、糖尿病のリスクがPRS中間層の人々と比べて約8倍、PRSが低い層と比べると約22倍になっており、特に若年層ではより明確であることが確認されました。PRSが高くなるにつれて、糖尿病有病率が段階的に高くなっており、日本人由来のPRSでは上位20%の層で特に糖尿病有病率が著しく高くなっていることが明らかになりました。(図2)
もちろん、PRSはあくまで「遺伝的要因」を評価するものであり、糖尿病に対しては生活習慣や環境因子も非常に重要です。それでも今回の研究は、日本人に適した遺伝的リスク評価の重要性を示し、個別化予防医療に向けた大きな一歩となりました。今後は、さらに大規模で多様な集団を対象にPRSを検証し、生活習慣や臨床情報と組み合わせた総合的なリスク評価モデルを構築することが求められます。
この研究成果は、糖尿病対策の観点から非常に重要で、糖尿病の個別化予防の実現に近づくことが示唆されます。従来は生活習慣の改善指導を全ての人に一律に行ってきましたが、遺伝的リスクの高い人を早期に特定し、より重点的な介入を行うことで、効率的に糖尿病を予防できる可能性があります。特に若い世代のうちに高リスク者を見つけることができれば、発症を長期的に防ぐための生活習慣改善や医療的サポートを早期に開始できると期待されます。
出典:
- Furukawa T, Hara M, Nishida Y, Tanaka K, Shimanoe C, Iwasaka C, Otonari J, Ikezaki H, Nagayoshi M, Tamura T, Tamada Y, Okada R, Oze I, Ito H, Michihata N, Nakamura Y, Tanoue S, Koriyama C, Suzuki S, Otani T, Watanabe I, Tomida S, Kuriki K, Takashima N, Kadota A, Ishizu M, Watanabe T, Nakatochi M, Momozawa Y, Wakai K, Matsuo K, for the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC) Study Group. Comparison of polygenic risk scores for type 2 diabetes developed from different ancestry groups. npj Metabol Health Dis. 2025; 3, 17. doi: 10.1038/s44324-025-00059-0.