研究ファイルNo.99:血圧の遺伝的背景によって循環器疾患死亡のリスクが異なる
従来のゲノム医学研究では,疾患や形質と関連する遺伝的な要因を網羅的に探索するゲノムワイド関連解析研究(GWAS)が盛んに行われ,多くの遺伝的多型が同定されてきました.これに続くポストGWAS研究の1つとして,それぞれの遺伝的多型の効果を足し合わせて求めるポリジェニックリスクスコア(PRS)が注目されています.以前J-MICC Plusで紹介した成果でも血圧のPRSと血圧測定値が関連することを報告しています(Fujii R, et al. Circ Gen Precis Med, 2022, 研究ファイルNo.80 ).
本研究では,J-MICC研究の参加者のうち遺伝子型を同定している9,296人で血圧のPRSを計算し,全死因による死亡および循環器疾患による死亡との関連を縦断的に調査しました.また,喫煙,飲酒,塩分摂取量といった修正可能な生活習慣によって遺伝的リスクがどの程度変動し得るか合わせて調査しました.
結果として,PRSが高い人ほど循環器疾患による死亡リスクが高いことが明らかになりました.たとえば,収縮期血圧のPRSが最も高いグループ(上位10%)では,リスクが中程度のグループ(20-80%)と比べて循環器疾患による死亡リスクが約3.7倍高くなるという結果が得られました(図1).同様に,拡張期血圧のPRSでも,上位10%では約2.9倍のリスク増加が確認されました.
さらに,生活習慣がもたらす予防効果も,遺伝的リスクが高いグループで顕著でした.具体的には,PRSの高い集団において,非喫煙や低い塩分摂取によって得られる予防効果が大きいことが示唆されました.
この研究の重要なポイントは,遺伝的リスクが高い集団において好ましい生活習慣が効果的である可能性を示したことです.PRSと生活習慣の情報と組み合わせることで,特に注意が必要な集団を特定できる可能性があります.例えば,遺伝的に血圧が高くなりやすい人々に対し,禁煙や塩分制限を勧めることで,将来的な循環器死亡リスクを大幅に低減できるかもしれません.
今回の研究は,遺伝情報を活用した疾病予防に向けた新しいアプローチの一端を示しています.しかし,遺伝的リスクを正確に把握できるようになったとしても,循環器疾患の予防には遺伝要因以外のさまざまな予防策の道を歩き続ける必要があることも心に留めておかなくてはなりません.
(追記)本論文には,当該分野の専門家によるコメンタリーが出版され,その科学的な重要性が評価されています(Vaura F. Hypertens Res. 2024).
出典:
- Fujii R, Hishida A, Nakatochi M, Okumiyama H, Takashima N, Tsuboi Y, Suzuki K, Ikezaki H, Shimanoe C, Kato Y, Tamura T, Ito H, Michihata N, Tanoue S, Suzuki S, Kuriki K, Kadota A, Watanabe T, Momozawa Y, Wakai K, Matsuo K; J-MICC Study Group.
Polygenic risk score for blood pressure and lifestyle factors with overall and CVD mortality: a prospective cohort study in a Japanese population Hypertens Res. 2024;47:2284-2294. doi: 10.1038/s41440-024-01766-9.