食物摂取を控えようとする意識と死亡リスクとの関連:日本でのコーホート研究

研究ファイルNo.95:油や甘い物の食べ過ぎに気をつけると死亡リスクはさがるのか?

日本では昔から“腹八分目”とよく言いますが、この言葉には続きがあるのをご存知でしょうか。元々は“腹八分目に医者いらず”いうことわざが由来で、文字通り、「満腹になるまで食べないで、八分目くらいで抑えておけば健康に良い」という意味です。食べ過ぎを防ぐためには、「食べ過ぎないようにしよう」という意識が必要であることはわかっていましたが、そのような意識と、究極の健康障害である死亡リスクとの関連についてはよくわかっておりませんでした。そこで本研究では、この“腹八分目”のような意識(実際には、摂り過ぎは健康にとって良くないとされる“脂肪”や“甘いもの”を控える意識)がある人は死亡リスクが低いのか?という仮説の検証を試みました。

対象者は2004~2014年にJ-MICC研究のベースライン調査に参加した35~69歳の一般住民58,772名(男性27,294名、女性31,478名)で、2017年末~2020年末まで追跡調査を行いました。食物摂取を控えようとする意識は、質問票の「普段の食事で特に気を付けていること」の設問で「エネルギー」、「脂肪」、「甘いもの」を各々控えているかどうかを質問し、「はい」と回答した者をそれぞれ摂取制限の意識ありと定義しました。また、実際のエネルギーや脂質の摂取量などは、質問票を用いた調査結果から推定しました。統計学的解析は重回帰分析、Cox比例ハザード回帰分析および媒介分析を行いました。 続きを読む

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日本人における炭水化物・脂質摂取量と死亡リスクとの関連

研究ファイルNo.94:日本人の炭水化物・脂質の摂取は将来の死亡リスクに影響を与えているか

低炭水化物食(いわゆるローカーボ食)や低脂質食は、体重減少や血糖値の改善などを促し、私たちの生活習慣病の予防にとって有用ではないかと考えられています。しかし、このような食習慣がもたらす長期的な生命予後(長生きできるかどうか)についてはいまだ明らかではありません。

欧米をはじめとする諸外国における近年の疫学研究は、極端な炭水化物と脂質の摂取習慣が死亡リスクを高めることを示唆しており、低炭水化物食・低脂質食がもたらす「短期的な効果」と「長期的な生命予後」のあいだに大きな矛盾があるため、国際的な関心が高まっています。しかし、欧米人よりも炭水化物摂取量が多く、脂質摂取量が少ない日本人を含む東アジア人での知見はほとんどありません。

そこで本研究では、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study: Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study)の参加者の追跡調査データにもとづいて、炭水化物・脂質摂取量と死亡リスクとの関連を評価しました。

研究対象者は、J-MICC研究のベースライン調査(第一回目調査)に参加された方のうち、分析に必要なデータがすべて整っており、がん・心血管疾患の既往歴を有しない男性34,893 名および女性46,440名です(平均追跡期間はおよそ9年)。研究対象者の一日あたりの炭水化物・脂質摂取量(g)は食物摂取頻度調査票によって推定し、エネルギー比率(%)で表しました(炭水化物1gは4kcal、脂質1gは9kcalのエネルギーを生成します)。関連を評価するにあたって、死亡リスクに大きな影響を与える喫煙や飲酒などの要因を分析モデルで考慮しました。 続きを読む

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日本人集団における葉酸代謝のゲノムワイド関連研究が明らかにした、MTHFR遺伝子多型の血中ホモシステイン濃度に与える影響

研究ファイルNo.93:日本人における葉酸代謝のゲノムワイド関連研究

葉酸は、ブロッコリーなどの緑黄色野菜や緑茶に含まれるビタミンの一種で、その代謝経路は、人間の遺伝情報を担うデオキシリボ核酸(DNA)の合成やそのメチル化に重要な役割を果たしています。その代謝酵素の1つであるメチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素(MTHFR)をコードする遺伝子の配列の多様性であるMTHFR C677T遺伝子多型は、冠動脈疾患や脳卒中などの心血管病のリスクと関連することが報告されています。また葉酸の代謝産物である血中のホモシステイン(Hcy)値は、高血圧や動脈硬化のリスクとの関連が報告されており、高Hcy血症は動脈硬化のリスク因子と考えられています。一方で、ヒトの病気のリスクにかかわる遺伝子多型を網羅的に解析する手法をゲノムワイド関連研究(GWAS)といい、近年様々な病気や血液検査値に関するGWASが盛んに行われています。

これまでに血中の葉酸代謝物であるHcy、葉酸、ビタミンB12値に関するGWASは、欧米では既にいくつか行われていますが、わが国では大規模なGWASの報告はまだありませんでした。そこで私たちは、日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)のGWAS参加者約1万4千名のうち、血漿中の葉酸代謝物であるHcy、葉酸、ビタミンB12値のデータを有する約2,200名のデータを用いて、GWASと遺伝子-環境交互作用(=遺伝子多型と生活習慣の相互作用)の解析を行いました。 続きを読む

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腎機能と癌リスクの関連及び、腎機能が他の発癌リスク因子に及ぼす影響

研究ファイルNo.92:腎機能が低下するほど喫煙による発癌リスクが高くなる

慢性腎臓病は日本の成人の約7人に1人が有する国民病です。これまでの研究から腎機能低下が癌罹患に関連するとの報告がありましたが、全ての研究結果で一致はしておらず、日本人を対象とした研究は限られていました。また、腎機能低下が他の発癌リスク因子(喫煙、飲酒、食習慣、肥満など)に及ぼす影響についても分かっていませんでした。

本研究では、J-MICC研究の参加者のうち、登録時に癌罹患歴がなく、登録時の腎機能データと追跡データを有する約5.5万人について、登録時のeGFRにより、10〜29、30〜44、45〜59、60〜74、75〜89、≧90 ml/min/1.73m2の6群に分けて、癌罹患、癌死亡について比較しました。さらに、eGFR<60、≧60ml/min/1.73m2の2群に分けて他のリスク因子の発癌リスクの大きさを比較し、腎機能により違いが見られた因子についてはさらに詳しく調査しました。 続きを読む

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胃がんリスクに関する遺伝要因・環境要因の症例対照研究

研究ファイルNo.91:遺伝要因がピロリ菌の胃がんリスクを高める


ピロリ菌感染は胃がんリスクの主要な環境要因として広く知られており、ピロリ菌感染を基盤とする胃がんは東アジアで特に罹患率が高くなっています。これまで環境要因のみならず遺伝要因も胃がんリスクに関わっていることが示唆されてきました。病気の発症に関連する遺伝要因である病的バリアントの情報は次世代シークエンサーを用いた大規模な解析によって得ることができます。BRCA1/2における病的バリアントと乳がんリスクなど、一部の病的バリアントは疾患のリスクと関連することが示されてきていますが、そのエビデンスの多くは欧米諸国からのものが中心であり、東アジアにおける評価は限られたものでした。その影響もあり、特に東アジアにおいて罹患率が高い胃がんに関しての遺伝要因に関する評価は十分ではありませんでした。さらに、胃がんリスクにおいてこのような遺伝要因と環境要因が組み合わさった影響に関してもほとんど明らかになっていませんでした。

そこで、私たちは、日本の胃がん患者群と非がん対照群における大規模なゲノム解析による症例対照研究を通じて、病的バリアントと胃がんリスクとの関連、病的バリアント保持者の特徴、病的バリアントとピロリ菌感染を組み合わせた胃がんリスクについて評価を行いました。本研究では、愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)およびバイオバンクジャパンの11,859名の胃がん患者群、および44,150名の非がん対照群について27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子を対象に理化学研究所基盤技術開発研究チームが独自に開発したターゲットシークエンス法を用いて解析を行いました。 続きを読む

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BMI関連遺伝学的リスクスコアを用いた遺伝×生活習慣交互作用に関する横断研究

研究ファイルNo.90:遺伝学的リスクは生活習慣と肥満との関係にどう影響するか?


本研究では、生活習慣と肥満との関係に焦点を当て、特に肥満の遺伝学的リスクが生活習慣と肥満との関連にどのように影響するか(交互作用)を調べました。このような、体質である遺伝学的な要因によって、生活習慣が病気の発症に影響する程度が変わったりすることを遺伝×生活習慣交互作用と呼んでいます。将来、この遺伝×生活習慣交互作用を食事指導に応用することができるようになると、みなさんお一人お一人の体質にあわせて個別化された最適な指導が受けられるようになります。

肥満はがん、脳卒中、心筋梗塞などの病気リスクを高めます。肥満の原因となる環境要因には、生活習慣だけでなく経済状況、民族、文化、地理的な要素なども挙げられ、生活習慣としては食事や運動などが挙げられます。一方で、これらの要素が単独でBMI(体格指数 [体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)])に及ぼす影響は大きくありません。これらの要素は違いに複合的に影響しあい、前述の遺伝×生活習慣交互作用なども通してBMIに大きな影響を与えます。

肥満の遺伝×生活習慣交互作用を検証している過去の研究の結果を見ると、交互作用が存在するかどうかについて一貫した結果が得られておらず、遺伝×生活習慣交互作用に関するエビデンスは不十分でした。そこで本研究では、肥満の遺伝学的なリスクによって、食事や運動といった生活習慣とBMIとの関係が修飾されるかを調査しました。

J-MICC研究に参加された方のうち、解析に必要なデータがそろっている35歳から69歳までの12,917人の方のベースラインデータを用いた横断研究を行いました。遺伝学的なリスクはは日本人の集団でBMIに関係することが知られている遺伝学的な情報(76個の一塩基多型)を用いて、それぞれBMIに及ぼす影響の大きさを加味しながら合算することで算出しました(遺伝学的リスクスコア[GRS])。解析は線形混合モデルにより行い、GRS、年齢、性別、BMIの測定方法、21の生活習慣に関する情報(栄養摂取量や身体活動料など)、さらに年齢×性別、GRS×年齢、GRS×生活習慣(21個)を固定変数、J-MICCのリクルートサイトをランダム効果として用いました。 続きを読む

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コーヒー摂取と代謝表現型:J-MICC研究のベースラインデータを用いた横断研究

研究ファイルNo.89:コーヒーをよく飲む人は代謝的に健康?


コーヒーは世界で最も飲まれている飲み物の一つです。コーヒーはその健康への影響についても注目されており、心血管疾患、呼吸器疾患、糖尿病などへの予防効果が期待されています。

メタボリック症候群とは、複数の心血管疾患のリスク要因が同時に見られる状態を指します。その要因は、肥満、高血糖、高血圧、血中中性脂肪の増加、およびHDLコレステロールの低下です。メタボリック症候群は、今までに食事、運動、睡眠など様々な生活習慣との関係性が研究されて来ました。また、メタボリック症候群と類似の概念として、代謝表現型が注目されています。代謝表現型とは、代謝の異常の有無と肥満の有無という2つの要素を用いて対象者を分類するための分類法です。これにより、代謝的に不健康な状態を特定できます。代謝表現型ごとに心血管疾患、糖尿病、部位別がんなどの様々な疾患のリスクに違いがあることが報告されています。

本研究では、コーヒーとメタボリック症候群、代謝表現型との関連について検討しました。 続きを読む

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日本人におけるBMIと循環器・代謝系疾患との関係:メンデルランダム化研究

研究ファイルNo.88:肥満度の低い日本人でも、ホントにBMIが高いと循環器疾患や糖尿病のリスクが高いの?

循環器疾患は世界の主要な死因であり(2019年現在、心疾患16%、脳卒中11%)、ここ20年間の増加も最大(約200万人から約900万人!)であることから、循環器疾患を予防することは公衆衛生的な重要課題の一つです。

肥満やBMI高値は、循環器疾患やそのリスクとなる代謝系疾患(糖尿病など)の発症リスクを高める最も顕著な危険因子であることが、多くの観察研究で示されてきました。よって、肥満を予防すれば、循環器疾患を予防できる可能性が高いと考えられます。しかしながらそのメカニズムは複雑であり、因果関係については十分に解明されていません。欧米人では、詳しい検討が進められていますが、人種により肥満の分布は大きく異なり、遺伝的背景の違いも影響していると考えられることから、東アジア人における検討が必要です。

肥満(要因)が循環器・代謝系疾患の発症(結果、アウトカム)と因果関係があるかを調べる際、食事や身体活動などの生活習慣、生活環境や社会経済的な背景、ストレスなどの心理的要因、太りやすさに関わる遺伝的背景など、他の多くの要因を考慮にいれなくてはなりません。 それは、これらの様々な要因が、肥満と、循環器・代謝系疾患の両方に、複雑に関連しているからです。このような関連に影響を与える要素を「交絡要因」と呼びます。交絡要因の影響を取り除いて、要因とアウトカムの因果関係を探る方法として、サイコロやくじ等を使い要因をランダムに振り分けて、その後の結果を見る方法があります。これを無作為割り付け法(ランダム割り付け法)と言います(図1)。

図1.ランダム割り付け法と、
メンデルランダム化法

しかしながら、くじやサイコロを使って、BMIを無作為に割り付けるのは現実的ではありません。

そこで考え出されたのが、メンデルランダム化法です。

これは、親から子に遺伝する際、遺伝子の変異がランダムに起こることを利用し、その遺伝子の並びを使って割り付けを行う方法です(図1)。今回私たちはこのメンデルランダム化法を使って、日本人でのBMIの高さと循環器・代謝系疾患との因果関係を調べました。

分析対象は、J-MICC研究に参加した35-69歳の男女14,083名です。 続きを読む

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低炭水化物食のゲノムワイド関連解析(GWAS)

研究ファイルNo.87:低炭水化物食のGWAS

 炭水化物の摂取制限(糖質の摂取制限)は、体重減量と心血管疾患リスクの減少に有用であることが認められており、炭水化物摂取量のエネルギー比が50–55% であれば死亡リスクが低くなることも示されています。近年、ヒトの食品摂取の嗜好性に遺伝的な要因が関与することが報告されていますが、炭水化物の摂取制限に関わる遺伝要因については、ほとんど研究されていません。

 そこで今回、私たちはJ-MICC研究に参加された方のうち、ゲノムデータがあり、極端なエネルギー摂取量を有する参加者を除いた14,076人を対象として、食物摂取頻度調査票で推定した三大栄養素(炭水化物・脂質・タンパク質)摂取量にもとづくHaltonの低炭水化物スコアと約700万か所の遺伝⼦変異との関連をゲノムワイド関連解析(GWAS)によって網羅的に調べました。Haltonの低炭水化物スコアの算出では、対象者の炭水化物摂取量を高値から低値へ11分位に、タンパク質と脂質摂取量は低値から高値へ11分位に分け、栄養素ごとの各群に0~10の点数を付け、その点数を合計しました(0~30点[スコアが高いほど低炭水化物])。対象者を低炭水化物スコアにもとづいて10分位に分けました。分析では、年齢、性別、エネルギー摂取量、集団階層を補正するための遺伝子主成分1-10を調整しました。また飲酒量を調整因子に加えた分析も行いました。 続きを読む

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不規則睡眠と全死亡の関連

研究ファイルNo.86:睡眠が不規則な人は全死亡リスクが最大1.5倍高い

 睡眠時間の長短がさまざまな疾患の発症や全死亡のリスクと関連のあることは、多くの研究により明らかになっています。また近年では、シフト勤務などによる不規則な睡眠も健康に害を及ぼすリスクと成り得ることが示唆されています。
本研究では、主観的な評価による不規則な睡眠が全死亡リスクとの関連があるかを検討しました。

 我々は日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)のベースライン調査に参加された方のうち、解析に必要なデータが揃っていて、習慣的に睡眠薬を服用している人や追跡期間が1年未満の人を除外した8万1,382人(男性44.2%)を解析対象としました。睡眠の規則性については、ベースライン時の自記式アンケートに含まれていた「就床・起床時刻は規則的ですか?」の回答から判定しました。
その結果、9,768人(12.0%)が「不規則」と回答しました。なお、平均睡眠時間は6.6±1.0時間でした。また対象者を睡眠時間に基づいて、6時間未満、6~8時間未満、8時間以上の3群に分けました。

 死亡リスクに影響を及ぼし得る因子(年齢、性別、BMI、飲酒・喫煙・運動習慣、教育歴、虚血性心疾患・脳卒中・がんの既往、および調査拠点)を調整後の全死亡リスクは、性・年齢別に解析すると、男性は年齢(60歳未満/以上)にかかわらず、睡眠時間が不規則な群は有意に死亡リスクが高いという結果でした。一方、女性では睡眠時間が不規則なことと死亡リスク上昇との関連が有意なのは 続きを読む

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