胃がんリスクに関する遺伝要因・環境要因の症例対照研究

研究ファイルNo.91:遺伝要因がピロリ菌の胃がんリスクを高める


ピロリ菌感染は胃がんリスクの主要な環境要因として広く知られており、ピロリ菌感染を基盤とする胃がんは東アジアで特に罹患率が高くなっています。これまで環境要因のみならず遺伝要因も胃がんリスクに関わっていることが示唆されてきました。病気の発症に関連する遺伝要因である病的バリアントの情報は次世代シークエンサーを用いた大規模な解析によって得ることができます。BRCA1/2における病的バリアントと乳がんリスクなど、一部の病的バリアントは疾患のリスクと関連することが示されてきていますが、そのエビデンスの多くは欧米諸国からのものが中心であり、東アジアにおける評価は限られたものでした。その影響もあり、特に東アジアにおいて罹患率が高い胃がんに関しての遺伝要因に関する評価は十分ではありませんでした。さらに、胃がんリスクにおいてこのような遺伝要因と環境要因が組み合わさった影響に関してもほとんど明らかになっていませんでした。

そこで、私たちは、日本の胃がん患者群と非がん対照群における大規模なゲノム解析による症例対照研究を通じて、病的バリアントと胃がんリスクとの関連、病的バリアント保持者の特徴、病的バリアントとピロリ菌感染を組み合わせた胃がんリスクについて評価を行いました。本研究では、愛知県がんセンター病院疫学研究(HERPACC)およびバイオバンクジャパンの11,859名の胃がん患者群、および44,150名の非がん対照群について27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子を対象に理化学研究所基盤技術開発研究チームが独自に開発したターゲットシークエンス法を用いて解析を行いました。 続きを読む

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BMI関連遺伝学的リスクスコアを用いた遺伝×生活習慣交互作用に関する横断研究

研究ファイルNo.90:遺伝学的リスクは生活習慣と肥満との関係にどう影響するか?


本研究では、生活習慣と肥満との関係に焦点を当て、特に肥満の遺伝学的リスクが生活習慣と肥満との関連にどのように影響するか(交互作用)を調べました。このような、体質である遺伝学的な要因によって、生活習慣が病気の発症に影響する程度が変わったりすることを遺伝×生活習慣交互作用と呼んでいます。将来、この遺伝×生活習慣交互作用を食事指導に応用することができるようになると、みなさんお一人お一人の体質にあわせて個別化された最適な指導が受けられるようになります。

肥満はがん、脳卒中、心筋梗塞などの病気リスクを高めます。肥満の原因となる環境要因には、生活習慣だけでなく経済状況、民族、文化、地理的な要素なども挙げられ、生活習慣としては食事や運動などが挙げられます。一方で、これらの要素が単独でBMI(体格指数 [体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)])に及ぼす影響は大きくありません。これらの要素は違いに複合的に影響しあい、前述の遺伝×生活習慣交互作用なども通してBMIに大きな影響を与えます。

肥満の遺伝×生活習慣交互作用を検証している過去の研究の結果を見ると、交互作用が存在するかどうかについて一貫した結果が得られておらず、遺伝×生活習慣交互作用に関するエビデンスは不十分でした。そこで本研究では、肥満の遺伝学的なリスクによって、食事や運動といった生活習慣とBMIとの関係が修飾されるかを調査しました。

J-MICC研究に参加された方のうち、解析に必要なデータがそろっている35歳から69歳までの12,917人の方のベースラインデータを用いた横断研究を行いました。遺伝学的なリスクはは日本人の集団でBMIに関係することが知られている遺伝学的な情報(76個の一塩基多型)を用いて、それぞれBMIに及ぼす影響の大きさを加味しながら合算することで算出しました(遺伝学的リスクスコア[GRS])。解析は線形混合モデルにより行い、GRS、年齢、性別、BMIの測定方法、21の生活習慣に関する情報(栄養摂取量や身体活動料など)、さらに年齢×性別、GRS×年齢、GRS×生活習慣(21個)を固定変数、J-MICCのリクルートサイトをランダム効果として用いました。 続きを読む

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コーヒー摂取と代謝表現型:J-MICC研究のベースラインデータを用いた横断研究

研究ファイルNo.89:コーヒーをよく飲む人は代謝的に健康?


コーヒーは世界で最も飲まれている飲み物の一つです。コーヒーはその健康への影響についても注目されており、心血管疾患、呼吸器疾患、糖尿病などへの予防効果が期待されています。

メタボリック症候群とは、複数の心血管疾患のリスク要因が同時に見られる状態を指します。その要因は、肥満、高血糖、高血圧、血中中性脂肪の増加、およびHDLコレステロールの低下です。メタボリック症候群は、今までに食事、運動、睡眠など様々な生活習慣との関係性が研究されて来ました。また、メタボリック症候群と類似の概念として、代謝表現型が注目されています。代謝表現型とは、代謝の異常の有無と肥満の有無という2つの要素を用いて対象者を分類するための分類法です。これにより、代謝的に不健康な状態を特定できます。代謝表現型ごとに心血管疾患、糖尿病、部位別がんなどの様々な疾患のリスクに違いがあることが報告されています。

本研究では、コーヒーとメタボリック症候群、代謝表現型との関連について検討しました。 続きを読む

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日本人におけるBMIと循環器・代謝系疾患との関係:メンデルランダム化研究

研究ファイルNo.88:肥満度の低い日本人でも、ホントにBMIが高いと循環器疾患や糖尿病のリスクが高いの?

循環器疾患は世界の主要な死因であり(2019年現在、心疾患16%、脳卒中11%)、ここ20年間の増加も最大(約200万人から約900万人!)であることから、循環器疾患を予防することは公衆衛生的な重要課題の一つです。

肥満やBMI高値は、循環器疾患やそのリスクとなる代謝系疾患(糖尿病など)の発症リスクを高める最も顕著な危険因子であることが、多くの観察研究で示されてきました。よって、肥満を予防すれば、循環器疾患を予防できる可能性が高いと考えられます。しかしながらそのメカニズムは複雑であり、因果関係については十分に解明されていません。欧米人では、詳しい検討が進められていますが、人種により肥満の分布は大きく異なり、遺伝的背景の違いも影響していると考えられることから、東アジア人における検討が必要です。

肥満(要因)が循環器・代謝系疾患の発症(結果、アウトカム)と因果関係があるかを調べる際、食事や身体活動などの生活習慣、生活環境や社会経済的な背景、ストレスなどの心理的要因、太りやすさに関わる遺伝的背景など、他の多くの要因を考慮にいれなくてはなりません。 それは、これらの様々な要因が、肥満と、循環器・代謝系疾患の両方に、複雑に関連しているからです。このような関連に影響を与える要素を「交絡要因」と呼びます。交絡要因の影響を取り除いて、要因とアウトカムの因果関係を探る方法として、サイコロやくじ等を使い要因をランダムに振り分けて、その後の結果を見る方法があります。これを無作為割り付け法(ランダム割り付け法)と言います(図1)。

図1.ランダム割り付け法と、
メンデルランダム化法

しかしながら、くじやサイコロを使って、BMIを無作為に割り付けるのは現実的ではありません。

そこで考え出されたのが、メンデルランダム化法です。

これは、親から子に遺伝する際、遺伝子の変異がランダムに起こることを利用し、その遺伝子の並びを使って割り付けを行う方法です(図1)。今回私たちはこのメンデルランダム化法を使って、日本人でのBMIの高さと循環器・代謝系疾患との因果関係を調べました。

分析対象は、J-MICC研究に参加した35-69歳の男女14,083名です。 続きを読む

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低炭水化物食のゲノムワイド関連解析(GWAS)

研究ファイルNo.87:低炭水化物食のGWAS

 炭水化物の摂取制限(糖質の摂取制限)は、体重減量と心血管疾患リスクの減少に有用であることが認められており、炭水化物摂取量のエネルギー比が50–55% であれば死亡リスクが低くなることも示されています。近年、ヒトの食品摂取の嗜好性に遺伝的な要因が関与することが報告されていますが、炭水化物の摂取制限に関わる遺伝要因については、ほとんど研究されていません。

 そこで今回、私たちはJ-MICC研究に参加された方のうち、ゲノムデータがあり、極端なエネルギー摂取量を有する参加者を除いた14,076人を対象として、食物摂取頻度調査票で推定した三大栄養素(炭水化物・脂質・タンパク質)摂取量にもとづくHaltonの低炭水化物スコアと約700万か所の遺伝⼦変異との関連をゲノムワイド関連解析(GWAS)によって網羅的に調べました。Haltonの低炭水化物スコアの算出では、対象者の炭水化物摂取量を高値から低値へ11分位に、タンパク質と脂質摂取量は低値から高値へ11分位に分け、栄養素ごとの各群に0~10の点数を付け、その点数を合計しました(0~30点[スコアが高いほど低炭水化物])。対象者を低炭水化物スコアにもとづいて10分位に分けました。分析では、年齢、性別、エネルギー摂取量、集団階層を補正するための遺伝子主成分1-10を調整しました。また飲酒量を調整因子に加えた分析も行いました。 続きを読む

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不規則睡眠と全死亡の関連

研究ファイルNo.86:睡眠が不規則な人は全死亡リスクが最大1.5倍高い

 睡眠時間の長短がさまざまな疾患の発症や全死亡のリスクと関連のあることは、多くの研究により明らかになっています。また近年では、シフト勤務などによる不規則な睡眠も健康に害を及ぼすリスクと成り得ることが示唆されています。
本研究では、主観的な評価による不規則な睡眠が全死亡リスクとの関連があるかを検討しました。

 我々は日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)のベースライン調査に参加された方のうち、解析に必要なデータが揃っていて、習慣的に睡眠薬を服用している人や追跡期間が1年未満の人を除外した8万1,382人(男性44.2%)を解析対象としました。睡眠の規則性については、ベースライン時の自記式アンケートに含まれていた「就床・起床時刻は規則的ですか?」の回答から判定しました。
その結果、9,768人(12.0%)が「不規則」と回答しました。なお、平均睡眠時間は6.6±1.0時間でした。また対象者を睡眠時間に基づいて、6時間未満、6~8時間未満、8時間以上の3群に分けました。

 死亡リスクに影響を及ぼし得る因子(年齢、性別、BMI、飲酒・喫煙・運動習慣、教育歴、虚血性心疾患・脳卒中・がんの既往、および調査拠点)を調整後の全死亡リスクは、性・年齢別に解析すると、男性は年齢(60歳未満/以上)にかかわらず、睡眠時間が不規則な群は有意に死亡リスクが高いという結果でした。一方、女性では睡眠時間が不規則なことと死亡リスク上昇との関連が有意なのは 続きを読む

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ストレス対処行動と全死亡との男女別の関係:J-MICC研究

研究ファイルNo.85:ストレス対処行動は死亡リスク低下と関連する? 男女でどう違う?

 
 「ストレス」とは、外部から刺激(ストレッサー)を受けたときに生じる緊張状態(ストレス反応)のことで、この反応には、心理的反応、身体的反応、行動変化などがあります。ストレス反応は適応反応であり、必ずしも健康に悪影響するとは限りませんが、過度のストレスが長期間続くことで健康に悪影響を及ぼすことが分かっています。

 一方、「ストレスへの対処行動」は、強いストレス状況や出来事への認知的・行動的な反応であり、ストレスへの脆弱性を左右することが知られています。また、ストレスやストレス対処行動には、男女で差があることが分かっています。

 よって、ストレス対処行動によって、長期的な健康影響である全死亡リスクに差があること、それらの関連には男女差があることが考えられますが、これまでの研究結果では、大規模研究が少ない、健康な一般集団を対象とした報告はほとんどない、自覚的ストレスレベルを考慮した検証がされていない、男女別の検証がされていないなどの限界がありました。そこで私たちは、日本の大規模疫学研究である日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)の参加者を対象に、ストレス対処行動が、自覚的なストレスの強さとは独立して、全死亡と関係するか男女別の関係と、男女差について検証しました。

 分析対象者は、2004年~2014年にJ-MICC研究に参加した35-69歳の男女 92,560人のうち、がん・循環器疾患既往者、追跡2年以内の死亡例、主要項目に欠損がある者を除外した79,580人としました。

 質問紙調査によって、5つのストレス対処行動(感情表出、[感情的な]支援希求、肯定的解釈、積極的問題解決、なりゆきまかせ)の実施頻度を4段階(ほとんどない、たまに、よく、非常によくある)で聴取しました。最近1年間の自覚的なストレスは4段階(まったく感じかなった、あまり感じかなった、多少感じた、おおいに感じた)で把握しました。

 統計解析を行い、男女それぞれストレス対処行動ごとの全死亡リスクがどの程度異なるかを計算しました。また、性別により関連に違いがあるかどうかも確認しました。 続きを読む

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中高年の日本人男女における自覚ストレスおよび対処行動と腎機能との関連

研究ファイルNo.84:自覚ストレスおよび対処行動は腎機能に影響を与える

 末期腎不全(End-Stage Renal Disease: ESRD)による透析患者は増加しており、2017年末に33万人を超えました。透析にかかる医療費は、年間1兆6000億に上ると推計され、総医療費の4%を占め医療経済上の大きな問題となっています。また、経済面のみならず患者の生活の質や生命予後にも影響を及ぼすと報告されています。慢性腎不全(Chronic Kidney Disease: CKD)は、腎機能の低下が慢性的に続く病気で、CKDの早期診断と管理がESRDの予防に重要です。CKDの危険因子は、喫煙、飲酒、肥満などが報告されていますが、腎機能低下における心理社会的要因の役割は解明されていません。そこで、本研究では、自覚ストレスおよび対処行動(感情表出、支援希求、肯定的解釈、積極的問題解決、なりゆきまかせ)と腎機能(eGFR値)の関連を調べました。eGFR値とは腎臓の機能を示す指標で、値が低いほど腎臓の働きが低下していることを示します。 続きを読む

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新しい痛み関連マーカーを探す遺伝子多型研究

研究ファイルNo.83:プレイオトロフィンは痛み、鎮痛薬感受性と関連する

 厚生労働省が定期に実施している国民生活基礎調査でも腰痛や関節痛、頭痛は国民の多くが悩まされていることが明らかになっている他、がんの患者さんでもがんの進行度に関わらず痛みに悩まされていることが多いことが知られています。痛みは生活の質(Quality of life: QOL)を低下させることは当然のことながら、痛みのために身体の活動性が低下し生活習慣病など全身の健康状態の悪化に繋がることも明らかになってきました。そこで、世界保健機関(WHO)は、慢性的な痛みを疾患に伴う症状(例:変形性膝関節症に伴う膝痛)としてだけでなく、慢性的な痛み自体が疾患であると定義しています。
このように痛みは世界的な健康課題として認識されていますが、その発症メカニズムの解明とそれに基づく治療法の開発が不十分です。痛みの原因を究明する研究では、モデル動物を用いた基礎研究が中心となっていますが、ヒトの痛みとの違いも指摘されています。そこで私たちは、痛みのある患者さんの遺伝的に共通する特徴を網羅的に調査することで、ヒトの痛みの発症や重症化に関わる新しい分子を探索することを目的に研究を実施しました。 続きを読む

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睡眠薬を使用している不眠症の性・年齢特異的な死亡リスク

研究ファイルNo.82:睡眠薬を服用している不眠症の死亡リスク

 不眠症は、睡眠時間が十分に取れないことや睡眠の質が低下することで日中の疲労、集中力の低下などが起こり、生活に支障をきたす状態です。不眠症と死亡が関連性を示した報告がありますが一貫した結果が得られておりません。睡眠薬の使用も死亡リスクを上昇させる可能性が示唆されており、不眠症治療を受けている人の併存疾患による影響を考慮した睡眠薬の服用と死亡リスクとの関連についての研究はなされていませんでした。そこで本研究では睡眠薬の服用と死亡との関連について、がんや生活習慣病などの併存疾患の影響を考慮した検討を行いました。 続きを読む

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