日本人におけるBMIと循環器・代謝系疾患との関係:メンデルランダム化研究

研究ファイルNo.88:肥満度の低い日本人でも、ホントにBMIが高いと循環器疾患や糖尿病のリスクが高いの?

循環器疾患は世界の主要な死因であり(2019年現在、心疾患16%、脳卒中11%)、ここ20年間の増加も最大(約200万人から約900万人!)であることから、循環器疾患を予防することは公衆衛生的な重要課題の一つです。

肥満やBMI高値は、循環器疾患やそのリスクとなる代謝系疾患(糖尿病など)の発症リスクを高める最も顕著な危険因子であることが、多くの観察研究で示されてきました。よって、肥満を予防すれば、循環器疾患を予防できる可能性が高いと考えられます。しかしながらそのメカニズムは複雑であり、因果関係については十分に解明されていません。欧米人では、詳しい検討が進められていますが、人種により肥満の分布は大きく異なり、遺伝的背景の違いも影響していると考えられることから、東アジア人における検討が必要です。

肥満(要因)が循環器・代謝系疾患の発症(結果、アウトカム)と因果関係があるかを調べる際、食事や身体活動などの生活習慣、生活環境や社会経済的な背景、ストレスなどの心理的要因、太りやすさに関わる遺伝的背景など、他の多くの要因を考慮にいれなくてはなりません。 それは、これらの様々な要因が、肥満と、循環器・代謝系疾患の両方に、複雑に関連しているからです。このような関連に影響を与える要素を「交絡要因」と呼びます。交絡要因の影響を取り除いて、要因とアウトカムの因果関係を探る方法として、サイコロやくじ等を使い要因をランダムに振り分けて、その後の結果を見る方法があります。これを無作為割り付け法(ランダム割り付け法)と言います(図1)。

図1.ランダム割り付け法と、
メンデルランダム化法

しかしながら、くじやサイコロを使って、BMIを無作為に割り付けるのは現実的ではありません。

そこで考え出されたのが、メンデルランダム化法です。

これは、親から子に遺伝する際、遺伝子の変異がランダムに起こることを利用し、その遺伝子の並びを使って割り付けを行う方法です(図1)。今回私たちはこのメンデルランダム化法を使って、日本人でのBMIの高さと循環器・代謝系疾患との因果関係を調べました。

分析対象は、J-MICC研究に参加した35-69歳の男女14,083名です。

まず、日本人のBMIに関連すると報告された83座位について、各遺伝子の変異ごと(一塩基多型のアレルごと)のBMIとの関連の強さを基に、J-MICC研究参加者それぞれの『BMIの遺伝的リスクスコア(GRS)』を算出しました(図2)。このBMIのGRSが、J-MICC研究参加者の循環器・代謝系疾患等との関連があるかどうかを検討しました。この分析では個人単位のデータを用いるので、個人レベルのメンデルランダム化(MR)解析と呼びます。

図2.遺伝的リスクスコアの算出方法と、
一塩基多型のアレルごとの重みづけのイメージ

次に、他の集団でも同じ関連が見られるかどうかを確かめるため(感度分析と言います)、日本人約17万人のゲノムワイド関連研究データの公開情報を使って、BMIと循環器・代謝系疾患等のGRSを算出しました。ここでは、BMIだけではなく、アウトカム指標である循環器・代謝系疾患等にもGRSを使うので、『2標本のメンデルランダム化解析』と呼ばれています。 各遺伝子の変異ごと(一塩基多型のアレルごと)の形質(BMIや循環器疾患など)との関連の強さを基にGRSを算出し(図2)、曝露とアウトカムとの関連をβ(95%信頼区間)もしくはオッズ比(95%信頼区間)として算出しました。2標本のメンデルランダム化解析には、逆変数重み付け(IVW)法、Egger法、MR-PRESSO法、加重中央値法の4つを用いました。

ボンフェローニ調整後の統計的有意閾値は、個人レベルのMR解析と2標本MR解析で両側p値< 0.05/12 = 0.00417 に設定しました。 その結果、 J-MICC研究参加者では、BMIのGRSが高いほど血圧が高い傾向がありましたが、統計学的にはどのアウトカムとも有意な関連はありませんでした(図3)。2標本MR解析では、BMIのGRSが高いほど、血圧値、トリグリセリド値、尿酸値が高く、HDLコレステロール値、eGFR値が低いという関連が見られました。一方、2型糖尿病との関連は、2標本MRの解析手法のよって異なり、方向性を含めて一貫性がありませんでした(図4)。これまで報告された西欧人を対象としたメンデルランダム化解析では、このような解析法による大きな違いが見られなかったことから、東アジア人と西欧人の2型糖尿病発症機序の違いなどを反映しているのかもしれません。

図3. 個人レベルのメンデルランダム化解析結果
(BMIと循環器・代謝系疾患との因果関係の推定結果)

図4. 2標本のメンデルランダム化解析結果のフォレストプロット
(BMIと循環器・代謝系疾患との因果関係の推定結果)

なお、個人レベルのMR解析で関連が見られなかった理由としては、サンプルサイズの小ささや、厳しい有意水準(ボンフェローニ補正p<0.05/12=0.00417)を用いたことで関連が見えづらかった可能性があります。2標本MR解析では、解析手法による結果の違いを考慮する必要があります。

以下、2標本MR解析手法を踏まえた、少し専門的な内容です。

今回サンプルサイズが大きかった(17万人以上)ことから、一番関連が顕著であったIVW法の結果が信頼できると考えられました。Egger法はpleiotropy(多相遺伝; 1つの遺伝子が沢山の形質に影響を与えること)の可能性を考慮できる解析方法である反面、遺伝子(SNP)のばらつきの影響を受けやすい側面があります。外れ値を考慮できることが特徴のMR-PRESSO法や加重中央値法では、特にBMIと2型糖尿病やHbA1cとの関連が他と大きく異なる結果が得えられたことを考慮すると、東アジア人では、外れ値に位置する遺伝子がより複雑かつ重要な作用をしている可能性もあり、大変興味深い結果でした。

この研究を通して、肥満度の低い東アジア人である日本人においても、BMIの高さが様々な循環器・代謝系疾患等の発症と因果関係を持つ可能性が示唆されました。これらの関連性については、今後、より大規模な集団を対象とした研究により、特にBMIと2型糖尿病についての因果関係を明らかにする必要があります。

出典:

  • Mako Nagayoshi, Asahi Hishida, Tomonori Shimizu, Yasufumi Kato, Yoko Kubo, Rieko Okada, Takashi Tamura, Jun Otonari, Hiroaki Ikezaki, Megumi Hara, Yuichiro Nishida, Isao Oze, Yuriko N. Koyanagi, Yohko Nakamura, Miho Kusakabe, Rie Ibusuki, Keiichi Shibuya, Sadao Suzuki, Takeshi Nishiyama, Teruhide Koyama, Etsuko Ozaki, Kiyonori Kuriki, Naoyuki Takashima, Yasuyuki Nakamura, Sakurako Katsuura-Kamano, Kokichi Arisawa, Masahiro Nakatochi, Yukihide Momozawa, Kenji Takeuchi, Kenji Wakai, for the J-MICC Study group. BMI and Cardiometabolic Traits in Japanese: A Mendelian Randomization Study. Journal of Epidemiology. 2023 in press.
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