低炭水化物食のゲノムワイド関連解析(GWAS)

研究ファイルNo.87:低炭水化物食のGWAS

 炭水化物の摂取制限(糖質の摂取制限)は、体重減量と心血管疾患リスクの減少に有用であることが認められており、炭水化物摂取量のエネルギー比が50–55% であれば死亡リスクが低くなることも示されています。近年、ヒトの食品摂取の嗜好性に遺伝的な要因が関与することが報告されていますが、炭水化物の摂取制限に関わる遺伝要因については、ほとんど研究されていません。

 そこで今回、私たちはJ-MICC研究に参加された方のうち、ゲノムデータがあり、極端なエネルギー摂取量を有する参加者を除いた14,076人を対象として、食物摂取頻度調査票で推定した三大栄養素(炭水化物・脂質・タンパク質)摂取量にもとづくHaltonの低炭水化物スコアと約700万か所の遺伝⼦変異との関連をゲノムワイド関連解析(GWAS)によって網羅的に調べました。Haltonの低炭水化物スコアの算出では、対象者の炭水化物摂取量を高値から低値へ11分位に、タンパク質と脂質摂取量は低値から高値へ11分位に分け、栄養素ごとの各群に0~10の点数を付け、その点数を合計しました(0~30点[スコアが高いほど低炭水化物])。対象者を低炭水化物スコアにもとづいて10分位に分けました。分析では、年齢、性別、エネルギー摂取量、集団階層を補正するための遺伝子主成分1-10を調整しました。また飲酒量を調整因子に加えた分析も行いました。

 その結果、飲酒量を調整しないモデルでは、12番染色体上の遺伝子変異395個が低炭水化物スコアと有意に関連しました(P<5x10-8)。これらはBRAP, ACAD10, ALDH2, ADAM1Aなどの遺伝子上に見られ、低炭水化物スコアと最も強く関連したのはALDH(アセトアルデヒド脱水素酵素)2遺伝子変異rs671で、 本結果をマンハッタンプロットという図で示します(図1:効果量β= −0.890、P=6.37×10-16)。しかし、飲酒量を調整した分析では低炭水化物スコアと有意に関連する遺伝子変異は観察されませんでした。本結果をQQプロットという図で⽰します(図2)。

図1 低炭水化物スコアに関するGWASのマンハッタンプロット
(飲酒量による調整なし)

横軸:染⾊体番号
縦軸:-log10P-value


 第12番染色体に低炭水化物スコアとの関連が強い遺伝子多型があることがわかります。

図2 低炭水化物スコアに関するGWASのQQプロット
(飲酒量による調整あり)

X軸:帰無仮説から期待される-log10P
Y軸:GWASで観測された-log10P


 関連性が認められない場合、45°の直線プロットになります。このプロットでは、ほとんどの遺伝子多型が45°の直線上におさまっていて、低炭水化物スコアと関連する遺伝子多型がないことを示唆します。

 ALDH2遺伝子変異rs671は日本人を含む東アジア人に多く、rs671遺伝子変異をもつとアルコールの中間代謝産物のアセトアルデヒドの分解能力が著しく悪くなり、アセトアルデヒドが体内に長く残るため、飲酒による顔面紅潮や頭痛などの症状が引き起こされます。飲酒量を調整した分析で、低炭水化物スコアと関連する遺伝子変異が観察されなかった理由として、rs671遺伝子変異が低炭水化物スコアと強く関連し、rs671遺伝子変異と連鎖不平衡にある同一領域の多数の他の遺伝子変異は低炭水化物スコアと関連がないことを示しています。また本研究ではALDH2遺伝子変異rs671の変異を一つもつと、低炭水化物スコアが0.89減ることが観察されました。

 今回の研究では、飲酒量と独立して低炭水化物スコアと関連する遺伝要因は観察されませんでした。またお酒を飲めない人は炭水化物を好むことが示唆され、ALDH2遺伝子変異rs671が分布しないヨーロッパ系住民を対象とした疫学研究でも同様の知見が示されており、今後さらなる検討が必要です。

出典:

  • Nakamura Y, Tamura T, Narita A, Shimizu A, Sutoh Y, Takashima N, Matsui K, Miyagawa N, Kadota A, Miura K, Otonari J, Ikezaki H, Hishida A, Nagayoshi M, Okada R, Kubo Y, Tanaka K, Shimanoe C, Ibusuki R, Nishimoto D, Oze I, Ito H, Ozaki E, Matsui D, Mikami H, Kusakabe M, Suzuki S, Watanabe M, Arisawa K, Katsuura-Kamano S, Kuriki K, Nakatochi M, Momozawa Y, Kubo M, Takeuchi K, Wakai K; J-MICC Research Group Consortium. A genome-wide association study on adherence to low-carbohydrate diets in Japanese. Eur J Clin Nutr 2022; 76: 1103-1110.
カテゴリー: J-MICC研究概要, 食事 パーマリンク