研究ファイルNo.98:1日7時間以上座っていると乳がん罹患リスクが上昇
乳がんは日本人女性で罹患率が最も高いがんです。がんは生活習慣、環境要因、遺伝子など、様々な原因が組み合わさることで発症しますが、35%ほどは生活習慣を改善することで予防できると言われています。日本人の乳がん罹患の原因のうち、およそ5%は運動不足に起因していると言われ、運動は乳がん罹患のリスクを下げる効果があります。
近年、長時間の座位行動(横たわるなども含む)は、健康に悪影響を与えるものと分かってきており、2020年に改定されたWHO身体活動・座位行動のガイドラインにおいても「健康を害する行動」として位置づけられ、座位行動を減らすように推奨されています。国際標準化身体活動質問票2011年のデータによると、日本人の座位時間は世界で一番長く、中央値は1日当たり7時間という結果が出ており、座位時間を減らすことは日本人にとって優先されるべき課題となっています。座位時間とがん罹患の関連についても海外では指摘され始めていますが、1日の座位時間と乳がん罹患の関係を示した報告はまだありません。本研究では座位時間と乳がん罹患の関連を明らかにし、さらに運動することがその関連の解消になるかについて分析を行いました。
本研究では3.6万人を超える日本人女性を9.4年間(中央値)追跡したデータを用いて1日の座位時間と乳がん罹患の関係を分析しました。さらに、余暇の運動量として代謝当量(METs[hour/day])、余暇の運動頻度、1日の歩行時間と座位時間を掛け合わせた影響を分析しました。
追跡期間中に554名の乳がん罹患が認められました。1日当たりの座位時間が7時間未満の集団と比較し、7時間以上の集団の方が乳がん罹患リスク*は36%高い結果となりました(図1)。
次に、身体活動に関する項目と座位時間と乳がん罹患の関係を掛け合わせて解析しました。1日当たりの座位時間が7時間以上の集団は、余暇METs 1 hour/day**以上の運動、余暇に週3回以上の運動、1日1時間以上の歩行などのいずれの身体活動において、7時間未満の集団より、乳がん罹患リスクが高い結果となりました(図2-4)。
注**METs 1 hour/dayとは、1週間当たり1時間のジョギングをする運動量に相当します。
本研究は日本人女性における1日の座位時間と乳がん罹患との関連を評価した初の大規模研究です。今回、1日当たりの座位時間を7時間未満にすることは、乳がん予防の一つとなりえることが明らかになりました。また、1日7時間以上の座位時間では、余暇の運動や1日の歩行時間が増えても乳がん罹患リスクは低下しておらず(図2-4)、乳がん罹患において座位時間が運動よりも強い影響を与える要因である可能性を示しています。
コロナ禍からのテレワーク普及により、今後も在宅業務による家庭内デスクワークの継続導入が予測されます。在宅業務は、通勤時間が削減されるため、運動不足に加え、座っている時間の延長に繋がる可能性があります。今回の結果より、乳がん罹患予防に関して、普段の座りっぱなしによる運動不足を解消するために、余暇の時間にまとめて運動することよりも、普段から座位時間を短縮し、こまめに運動を取り入れることが効果的であると考えられます。座りっぱなしに気がついたら立ち上がってストレッチをしてみる、普段の移動にエスカレーターではなく階段を使ってみる、隙間時間に体操をしてみるなど、日々の小さな心がけで健康を維持していきましょう。
J-MICC STUDY(日本多施設共同コホート研究)は現在進行中の研究であり、がん罹患や死因などの追跡調査を行っているため、乳がんのみならず他のがんと座位時間の関連も今後解明されていく可能性があります。
出典:
- Tomida S, Koyama T, Ozaki E, Takashima N, Morita M, Sakaguchi K,Naoi Y, Nishida Y, Hara M, Hishida A, Tamura T, Okada R, Kubo Y, Otonari J, Ikezaki H, Nakamura Y, Kusakabe M, Tanoue S, Koriyama C, Koyanagi Y, Ito H, Suzuki S, Otani T, Miyagawa N, Okami Y, Arisawa K, Watanabe T, Kuriki K, Wakai K, Matsuo K. Seven-Plus Hours of Daily Sedentary Time and the Subsequent Risk of Breast Cancer: J-MICC Study. Cancer Sci 2024; 115: 611-622.