新しい痛み関連マーカーを探す遺伝子多型研究

研究ファイルNo.83:プレイオトロフィンは痛み、鎮痛薬感受性と関連する

 厚生労働省が定期に実施している国民生活基礎調査でも腰痛や関節痛、頭痛は国民の多くが悩まされていることが明らかになっている他、がんの患者さんでもがんの進行度に関わらず痛みに悩まされていることが多いことが知られています。痛みは生活の質(Quality of life: QOL)を低下させることは当然のことながら、痛みのために身体の活動性が低下し生活習慣病など全身の健康状態の悪化に繋がることも明らかになってきました。そこで、世界保健機関(WHO)は、慢性的な痛みを疾患に伴う症状(例:変形性膝関節症に伴う膝痛)としてだけでなく、慢性的な痛み自体が疾患であると定義しています。
このように痛みは世界的な健康課題として認識されていますが、その発症メカニズムの解明とそれに基づく治療法の開発が不十分です。痛みの原因を究明する研究では、モデル動物を用いた基礎研究が中心となっていますが、ヒトの痛みとの違いも指摘されています。そこで私たちは、痛みのある患者さんの遺伝的に共通する特徴を網羅的に調査することで、ヒトの痛みの発症や重症化に関わる新しい分子を探索することを目的に研究を実施しました。

 まず、先端モデル動物支援プラットフォーム(AdAMS)の支援により89人のがん性疼痛患者さんから協力を得て、痛みの強さや医療用麻薬の使用量とともに血液から抽出した遺伝子の一塩基多型と呼ばれる約114万箇所の遺伝子の変化(変異)を解析しました。このような遺伝子全体の変化(変異)について網羅的に解析することをゲノムワイド関連解析(genome-wide association analysis)と呼びます。その結果、第7染色体に位置し、神経再生を誘導する栄養因子の一つであるプレイオトロフィン(Pleiotrophin)の遺伝子に存在する一塩基多型の一つであるrs11764598のみががん性疼痛の重症度と関連することが明らかになりました(p=1.31X10-7、図1)。

図1 がん性疼痛の重症度についてのゲノムワイド関連解析(マンハッタンプロット)

 この一塩基多型を塩基対の両方にもつ患者さんに対して、同程度の医療用麻薬を使用していても、一塩基多型が塩基対の一つだけある患者さんでは痛みが強くなり、さらに、この一塩基多型をもたない患者さんでは痛みがさらに強くなることが明らかになりました(図2)。その一方で、医療用麻薬を追加投与した場合には、この一塩基多型を両方もつ患者さんでは痛みの減少率が小さく、医療用麻薬への感受性が悪いことが明らかになりました。

図2 プレイオトロフィン一塩基多型によるがん性疼痛の重症度と医療用麻薬への鎮痛効果

 続いて、このプレイオトロフィンの一塩基多型が他の患者さんの痛みについても影響を与えるかを検証しました。コホート・生体試料支援プラットフォーム(J-MICC)の支援により92647人の一般住民のうち、生活歴と遺伝子を提供いただいた14078人を、生活歴から消炎鎮痛薬を習慣的に使用している患者さん(500人)と使用していない患者さんに分類し、rs11764598一塩基多型の有無を比較しました。その結果、rs11764598の一塩基多型がある患者さんでは消炎鎮痛薬の習慣的な使用の割合が高いことが明らかになりました。

 この一連の研究の解釈には注意が必要です。まず、がん性疼痛と医療用麻薬の使用について調査した研究では、プレイオトロフィンの一塩基多型が存在すると医療用麻薬への感受性が低くても痛みが弱いことが明らかになったため、プレイオトロフィンの一塩基多型が痛みの重症化を抑制していると解釈することが出来ます。一方、続いて行った研究では、痛みの強さは調査できず、消炎鎮痛薬の習慣的な使用の有無について調査し、この一塩基多型が存在すると消炎鎮痛薬の習慣化の割合が高いことが明らかになったため、プレイオトロフィンの一塩基多型は痛みを発症させやすくなっている解釈することが出来ます。したがって、遺伝子多型によりプレイオトロフィンの機能に影響がでていると考えた場合に、プレイオトロフィンは痛みを抑制しているとも悪化させているとも解釈できる結果と言えます。プレイオトロフィンについての基礎研究(動物実験)でも、痛みを悪化させると考えられる方向性の機能と痛みを改善させると考えられる方向性の機能の両方が報告されており、プレイオトロフィンの痛みと鎮痛薬感受性に対する機能を確定するためは今後の更なる検討が必要です。したがって、今回の我々の研究だけではプレイオトロフィンの遺伝子多型の機能的な役割を同定することは出来ませんでしたが、ヒトにおいてもプレイオトロフィンが痛みの伝達や鎮痛薬感受性に関わる可能性を初めて示した研究であり、今後の研究発展に向けた基盤的なデータを提供するものです。

出典:

  • Saita K, Sumitani M, Nishizawa D, Tamura T, Ikeda K, Wakai K, Sudo Y, Abe H, Otonari J, Takeuchi K, Hishida A, Tanaka K, Shimanoe C, Takezaki T, Ibusuki R, Oze I, Ito H, Ozaki E, Matsui D, Nakamura Y, Kusakabe M, Suzuki S, Nakagawa-Senda H, Arisawa K, Katsuura-Kamano S, Kuriki K, Kita Y. Genetic polymorphism of pleiotrophin is associated with pain experience in Japanese adults: case-control study. Medince (Baltimore) 2022; 101: e30580
カテゴリー: 遺伝子多型 パーマリンク