日本人における喫煙行動関連の遺伝子多型と肺がんリスクの関連 ―喫煙量を介さない遺伝的影響の解明―

研究ファイルNo.112:同じ本数でも肺がんになりやすい人がいる? 喫煙習慣に関わる遺伝子と肺がんリスクの関係

背景

 喫煙は肺がんの最大の要因の一つです。日本では、現在も男性の4人に1人、女性の約14人に1人が喫煙しており、肺がん対策として喫煙行動の理解は依然として重要です。喫煙は「本人の意思による行動」と考えられがちですが、近年の研究から、「体質的にタバコの本数が多くなりやすい人」がいることがわかってきました。この体質の一因が、遺伝子の個人差、いわゆる遺伝子多型です。では、こうした「本数が多くなりやすい体質」を持つ人は、単に喫煙量が多いから肺がんになりやすいのでしょうか。それとも、喫煙量とは別の仕組みが関わっているのでしょうか。

 欧米の研究では、喫煙本数に関わる遺伝子が、単に「吸う本数」を増やすだけでなく、喫煙量とは別の仕組みで肺がんリスクに影響している可能性が報告されています。一方、東アジア人は欧米人と肺がんの特徴が異なることが知られており、日本人での検証が求められていました。

 2019年、約16万人の日本人を対象とした大規模な遺伝子解析により、1日喫煙本数と関連する5つの遺伝子領域が新たに見つかりました。しかし、これらの遺伝子がどのように肺がんリスクと関わるかは、十分に調べられていませんでした。

 そこで本研究では、遺伝子多型が、

  • 「喫煙本数を増やすことを通じて」肺がんリスクに影響するのか
  • それとも「喫煙本数とは関係なく」直接リスクに影響するのか

を、日本人集団で詳しく調べました。

 

研究方法

 本研究では、2つの独立した日本人集団のデータを用いました。

  1. 愛知県がんセンターの研究(HERPACC)
    肺がん患者1,427人と、がんのない5,595人を比較しました。
  2. 日本多施設共同コーホート研究(J-MICC Study)
    10,520人を平均約11.2年間追跡し、その間に肺がんを発症した128人を分析しました。

 合わせて18,000人以上のデータを用い、喫煙本数に関わる5つの遺伝子多型について解析しました。解析には、

  • 喫煙量を介した影響(間接効果)
  • 喫煙量を介さない影響(直接効果)

に分けて評価できる、「媒介分析」という統計手法を用いました。

結果

 図1は、媒介分析により、5つの遺伝子多型が肺がんリスクに与える影響を示した結果です。

図1:日本人の1日喫煙本数に関わる遺伝子多型と肺がん罹患の関連(媒介分析の結果)

各研究の媒介分析により算出された推定値をメタ解析で統合したリスク比と95%信頼区間(CI)を示す。中間因子はCPDの平方根、調整因子は年齢、性別、喫煙期間、飲酒量、研究期間(HERPACC)、研究サイト(J-MICC)である。*は統計学的有意(P値<0.05)を示す。

 その中で、特に2つの遺伝子多型が重要な結果を示しました。(図2)

図2:2研究間の統合解析で有意であった2つのSNPについての喫煙歴別解析と解釈・考えうるメカニズム

rs78277894 (EPHX2-CLU 遺伝子領域)
 この遺伝子多型では、喫煙量をやや多くなる傾向はみられましたが、その増加分を通じて肺がんリスクが高まるという間接効果は確認されませんでした。一方、喫煙量を介さない経路で肺がんリスクを約16%低下させる直接効果が観察されました。

 この効果は、喫煙者だけでなく非喫煙者でも確認されており、喫煙とは関係なく、体内の生物学的な仕組みで肺がんリスクを下げている可能性が示されました。

rs56129017 (CYP2A6 遺伝子領域)
 この遺伝子多型は、喫煙本数を増やす傾向があり、喫煙量を介して肺がんリスクを高める間接効果に加え、喫煙量を介さず多型自体が肺がんリスクを約26%高める直接効果を持っていました。この直接効果はとくに喫煙者で強く観察され、喫煙「量」は介さないものの「喫煙しているかどうか」という条件のもとで影響すると考えられました。CYP2A6は、タバコに含まれる発がん物質を体内で活性化する酵素に関わる遺伝子であり、この直接効果は「同じ本数を吸っても、発がんリスクが高くなる」可能性を示しています。

 なお、これら2つの遺伝子多型による直接効果は、食道がんや胃がんなど他の喫煙関連がんでは明確な影響を示さず、肺がんに比較的特有な影響であることもわかりました。

結論

 本研究により、喫煙習慣に関わる遺伝子は、「どれだけ吸うか」だけでなく、同じ量を吸っても体への影響が異なるといった「体質の違い」を通じて、肺がんリスクに影響をしている可能性が示されました。これらの知見は、日本人における肺がん発症の仕組みの理解を深め、将来的には、より個人に応じた予防や医療につながることが期待されます。

出典

カテゴリー: がん, たばこ, 遺伝子多型 パーマリンク