研究ファイルNo.78:授乳はメタボリック症候群を予防するか
メタボリック症候群は肥満、高血圧、血中コレステロールの異常(脂質異常症)、高血糖から成り立つ状態であり、心疾患、がん、腎臓病、早期死亡などの一因とされています。そして、子供に授乳を行った経験(授乳歴)のある女性では、このメタボリック症候群が生じにくいことが報告されています。しかし、授乳を行うことはメタボリック症候群を予防しないとする報告もあり、これまでその効果について明確な結論は出ていませんでした。また、授乳を行うことは糖尿病や心疾患を予防するものの、年齢とともにこの予防効果が弱まる可能性があることも示されています。そこで今回の研究では、①授乳を行うことはメタボリック症候群を予防する効果があるのか、②この予防効果は一部の年齢に限られるのかを検討しました。
今回の研究では、J-MICC研究の第1回目調査(ベースライン調査)に参加した、35–69歳の出産歴を持つ女性(11,118名)を対象としました。授乳歴、メタボリック症候群、その他の要因については、第1回目調査時に同時に測定を行いました(横断研究と呼ばれる研究方法です)。授乳歴については、子供1人あたりの最長授乳期間、授乳した子供の数、総授乳期間(最長授乳期間と授乳した子供の数を掛けることで算出)の3つで評価しました。また、授乳の予防効果が対象者の年齢層で異なるかを検討するために、対象者を55歳未満と55歳以上の2群に分けて統計解析を実施しました(先行研究の多くで対象者の年齢の平均値が55歳未満であり、55歳以降での授乳の効果が明らかではなかったためです)。
結果として、55歳未満の女性において、授乳歴を持つことはメタボリック症候群を予防する可能性があることが示されました(図1)。例えば、授乳した子供の数が1、2、3、および4人以上の女性では、授乳した子供の数が0人の女性と比べてメタボリック症候群を持つ確率(オッズ)がそれぞれ0.60、0.50、0.44、および0.35倍に低下しました。また、メタボリック症候群を構成する要素についても検討を行ったところ、授乳を行うことは血中コレステロールの異常や高血糖を予防する可能性があることが分かりました。一方、55歳以上の女性では、授乳歴を持つことはメタボリック症候群やその構成要素に影響しないことが示されました(図2)。
今回の研究は前述の通り横断研究であり、メタボリック症候群の有無を判定する前に授乳歴を評価できなかったため、もともとメタボリック症候群を持っていた女性で授乳が困難だったという可能性(因果の逆転と呼ばれる、結果が原因のように見える現象)が考えられます。そこで、追加の解析において、メタボリック症候群を引き起こす要因である20歳時の肥満度と授乳歴との関連を調べました。その結果、20歳時の肥満度は授乳を促進する可能性が示され、この因果の逆転を否定する結果となりました。
以上より、授乳を行うことは、中年期までのメタボリック症候群の発症を予防する可能性があります。そのため、授乳を行うことが可能な女性に対して授乳習慣を広めることは、女性の健康状態を改善するかも知れません。中年期以降の女性における授乳の効果については、まだ十分なことが分かっておらず、さらなる検討が必要です。
出典:
- Matsunaga T, Kadomatsu Y, Tsukamoto M, Kubo Y, Okada R, Nagayoshi M, Tamura T, Hishida A, Takezaki T, Shimoshikiryo I, Suzuki S, Nakagawa H, Takashima N, Saito Y, Kuriki K, Arisawa K, Katsuura-Kamano S, Kuriyama N, Matsui D, Mikami H, Nakamura Y, Oze I, Ito H, Murata M, Ikezaki H, Nishida Y, Shimanoe C, Takeuchi K, Wakai K. Associations of breastfeeding history with metabolic syndrome and cardiovascular risk factors in community-dwelling parous women: The Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study. PLoS One 2022; 17: e0262252.